大学入学前か中間試験前までに企業研修を義務付けている大学がほとんどだ、ということは以前書いたと思います。
この際の研修は、工房での作業を中心とした職人的な技術を身につける意味のものですが、本課程において求められる研修はデザイナーとしてのスキルを上げるような研修です。
ドイツではデザイン業界での研修制度は普通のことですし、多くのデザイン事務所、または企業が研修生を募集しています。
研修生の募集はインターネットや大学の研究室を通じて行われているので、よっぽど運が悪いか、「絶対この企業で!」という思い入れのない限り、受け入れ先は簡単に見つかるでしょう。
実際、私も研究室のホワイトボードに張り出されていた研修生募集に申し込み、受け入れてもらうことができました。
研修生として求められる知識(だいたいデザインで使うグラフィックや3Dソフトのスキル)は募集の際に書かれているので、自分の条件にあったところをみつけられます。
研修生の仕事内容はもちろん、受け入れ先によります。
私は研修先にて、社員さんとほぼ同じ内容の仕事をしていましたが、人によってはファイル整理、掃除などデザイン的な仕事はほとんど回ってこなかった、ということもあります。
ドイツでは新人社員の社内教育というのものはほとんどない、といっても過言ではないでしょう。
1度正社員として就職すれば、すぐに即戦力として働くことを期待されます。
しかし、ファイルの整理などのデザインとは直接関係のない雑用でも誰かが行わなければなりませんし、慢性的に人手の足りない職場では、新しい人を雇って発生するリスクを避けたい、あるいは新社員のための費用のないところもあるでしょう。
一方で学生は多少の知識はあるけれど、スキルがない、などの問題を抱えています。
ですので、ドイツにかかわらず、ヨーロッパのデザイン業界における積極的な研修生受け入れは、両者の利害関係が一致した形と言えるでしょう。
学生はデザイン事務所で実際の業務を学べ、企業は多少のリスクは抱えるものの安い働き手が手に入ります。(ひどい言い方をしてしまうと、企業の望む働きをしない研修生が来る場合でも、すぐ解雇できる、または期間が過ぎればいなくなる、ということですね。学生側から「得るものがない」と研修打ち切りにする場合もあります)
この研修先でお互いにいい関係を築くことができた人は、研修期間終了後に引き続きアルバイトとして雇ってもらえる場合もありますし、研修が修了し、大学卒業後、その事務所で就職した、という人もいます。
そうでなくても卒業後の就職活動の際、「ここでこれだけ研修をしました。その経験があるのですぐに働けます」(研修後は研修先から証明書が出ます)と提示することができるので、学生の中には複数の研修をする人もいます。
私も研修中は大変だと思うことも多かったですが、企業におけるデザインワークの流れがとてもよく勉強できたと思います。
ただ、「ドイツで学生をやっているわけではないが、ドイツのデザイン事務所で研修をしたい!」というのは難しい、と思います。
というのも、労働許可の問題です。
私はドイツでの滞在許可、そして条件付の労働許可を持っていましたが、その労働許可の条件が研修生とは言え実際の労働状況には合わないだろう、言われたことがあります。つまり、私を受け入れることによって、企業の方で法律違反を犯す可能性があり、それを回避するためには企業の方から労働局に働きかける必要があったらしいのです。
それには時間もお金もかかるので、EU出身で私と同じくらいの能力がある人がいるなら、そっちを取るとはっきり言われました。
その上、デザイン研修だけの給料では家賃の安いドイツとはいえ、とてもじゃないのですが暮らしていけません(無給のところも多いです)し、実際には社員さんと同じ仕事(拘束時間は1日12時間くらいです)をしている場合、平行してバイトをすることはかなりの覚悟と時間が必要です。
なんてえらそうなことを書きましたが、私もまだ就職活動中の身です。
早く、大学で学んだことや研修中に吸収できたことを下に就職できればいいんですけどね…。
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Thursday, July 03, 2008
Diplom(ディプロム=卒業試験)
本課程で卒業に必要な単位がすべて取れたら、卒業試験に申し込むことができます。
これは日本でも同じですね。
しかし前にもどこかで書きましたが、私の日本の大学とは違い、いくら単位が揃っていようが、自分で試験の申し込みをしない限り卒業試験を強制されることはありません。論理的には、5年で卒業単位がすべて取れても、その後10年以上、大学に在籍することも可能です。
まあ、こんなことをする人は最近の授業料云々の問題もある上、メリットも少ないのであまりいないでしょうが…。
卒業試験は卒論の提出、卒制のモデルとそのドキュメント、そして、論文と制作に対しての口答試験が別々にあり、最終的に内部、外部から人を集めてのプレゼンがありました。(あくまでうちの大学の場合です。多くの大学では卒業試験のプレゼンが外部公開されていないようです)
私のドイツの大学では、年に2回卒業試験の申し込みがありました。友人の話を聞いても年2回というのがスタンダードなようです。
その申し込みの際、単位を取得したゼミなり講義なりのリストとその授業を担当した教授のサイン、そして卒業制作の申し込み用紙を指導教授のサインとともに提出します。(うちの場合は学科の秘書さんが申し込みを受け付けていました)
そこで、渡したリストにある単位が本当に取得できているかが照合され、そこでOKがでれば卒業試験の申し込みが完了します。(注1*)
うちの大学の場合、指導教授が2人必要でした(そのうちの1人は外部のデザイナー、その分野で十分な知識を要している人でもOK)が、これも大学によっては指導教授は一人だけ、というところも少なくないようです。
卒業制作の期間については、大学によってバラつきがあります。
私の大学では毎年2月申し込みの卒制は11月の頭に修了し、7月に申し込みのものは4月頭に修了しています。
が、友人の話を聞くと、学期初め(4月か10月)に申し込み、学期末に修了するという人もいましたし、学期始めに申し込み、次の学期の中盤ごろに卒制発表という大学もあります。申し込みから卒制の発表まで3ヶ月くらいという人もいました。
私の大学のように中途半端な時期に始まって、終わる上、足掛け3学期(9ヶ月)も続く卒制はドイツの美大の中でもさすがに特殊なようでした。
私個人の意見としては、期間が長いからといって充実した制作になったかというと…。
自分のやりたいことがはっきりしていて、教授もそれを了承している場合には時間も十分にある中、一気に制作を進められるのでしょうが、私の場合、割と抽象的なテーマを選択した上に、2人の指導教授の意見が分かれることがかなりあり、中盤から最後までアイデアを練っては捨て、また練り直し…の繰り返しとなりました。
私の周りも、「逆に時間がありすぎる分、『もっと良いものができるのではないか?』と常に不安になっていろんな方向性、デザインに手を出した考えた結果、最終的には制作時間が足りなくなりそうになった」という人も多く、卒制でもっとも重要なのはタイムプランだ、と痛感しました。
もし論文、制作とも提出期限に間に合わなくなったら試験延長も可能ですが、ドイツの教育システムでは基本的に2回連続で不合格や延長をすることは認められないので、もし2回目に間に合わなくなった場合には退学させられることになるので注意が必要です。
(注1*)
うちの大学では、卒業試験申し込み後に取得(予定)単位のレポート提出も認められていました。人によっては申し込み後、3つのレポート提出をした人もいます。その人いわく、本当は2年前に提出しているべきレポートだったみたいです
ただ、こういうことはうちの大学のように規模が小さく、学生と学科の秘書さん、大学教授がみんな友達のような感覚で機能しているようなところだからこそ、可能であったことだと思います。(要するにいい加減だった)
管理の厳しい大学では絶対認められないはずなので、注意してください。
これは日本でも同じですね。
しかし前にもどこかで書きましたが、私の日本の大学とは違い、いくら単位が揃っていようが、自分で試験の申し込みをしない限り卒業試験を強制されることはありません。論理的には、5年で卒業単位がすべて取れても、その後10年以上、大学に在籍することも可能です。
まあ、こんなことをする人は最近の授業料云々の問題もある上、メリットも少ないのであまりいないでしょうが…。
卒業試験は卒論の提出、卒制のモデルとそのドキュメント、そして、論文と制作に対しての口答試験が別々にあり、最終的に内部、外部から人を集めてのプレゼンがありました。(あくまでうちの大学の場合です。多くの大学では卒業試験のプレゼンが外部公開されていないようです)
私のドイツの大学では、年に2回卒業試験の申し込みがありました。友人の話を聞いても年2回というのがスタンダードなようです。
その申し込みの際、単位を取得したゼミなり講義なりのリストとその授業を担当した教授のサイン、そして卒業制作の申し込み用紙を指導教授のサインとともに提出します。(うちの場合は学科の秘書さんが申し込みを受け付けていました)
そこで、渡したリストにある単位が本当に取得できているかが照合され、そこでOKがでれば卒業試験の申し込みが完了します。(注1*)
うちの大学の場合、指導教授が2人必要でした(そのうちの1人は外部のデザイナー、その分野で十分な知識を要している人でもOK)が、これも大学によっては指導教授は一人だけ、というところも少なくないようです。
卒業制作の期間については、大学によってバラつきがあります。
私の大学では毎年2月申し込みの卒制は11月の頭に修了し、7月に申し込みのものは4月頭に修了しています。
が、友人の話を聞くと、学期初め(4月か10月)に申し込み、学期末に修了するという人もいましたし、学期始めに申し込み、次の学期の中盤ごろに卒制発表という大学もあります。申し込みから卒制の発表まで3ヶ月くらいという人もいました。
私の大学のように中途半端な時期に始まって、終わる上、足掛け3学期(9ヶ月)も続く卒制はドイツの美大の中でもさすがに特殊なようでした。
私個人の意見としては、期間が長いからといって充実した制作になったかというと…。
自分のやりたいことがはっきりしていて、教授もそれを了承している場合には時間も十分にある中、一気に制作を進められるのでしょうが、私の場合、割と抽象的なテーマを選択した上に、2人の指導教授の意見が分かれることがかなりあり、中盤から最後までアイデアを練っては捨て、また練り直し…の繰り返しとなりました。
私の周りも、「逆に時間がありすぎる分、『もっと良いものができるのではないか?』と常に不安になっていろんな方向性、デザインに手を出した考えた結果、最終的には制作時間が足りなくなりそうになった」という人も多く、卒制でもっとも重要なのはタイムプランだ、と痛感しました。
もし論文、制作とも提出期限に間に合わなくなったら試験延長も可能ですが、ドイツの教育システムでは基本的に2回連続で不合格や延長をすることは認められないので、もし2回目に間に合わなくなった場合には退学させられることになるので注意が必要です。
(注1*)
うちの大学では、卒業試験申し込み後に取得(予定)単位のレポート提出も認められていました。人によっては申し込み後、3つのレポート提出をした人もいます。その人いわく、本当は2年前に提出しているべきレポートだったみたいです
ただ、こういうことはうちの大学のように規模が小さく、学生と学科の秘書さん、大学教授がみんな友達のような感覚で機能しているようなところだからこそ、可能であったことだと思います。(要するにいい加減だった)
管理の厳しい大学では絶対認められないはずなので、注意してください。
Tuesday, July 01, 2008
大学のシステム変化と授業料
ここ数年、ドイツの大学のシステムに変化がありました。
1つは日本で主流の学士制度が導入されたことだと思います。(ただし、私はこのことに関して、専門的な知識を持っているわけではないので、ここに書くのは大体の話になってしまいますが、ご了承ください)
ドイツと日本の就学システムの違いはまず、ドイツの高校に相当するギムナジウムが19歳で終了することと言えるでしょう。
そのため、日本の高校を卒業してすぐに渡独しても、大学入学が認められないのはご存知の方も多いと思います。(大学入学には日本の大学の入試に合格したことを証明する書類が必要です)
そして、18歳を成人とするドイツでは、男子に兵役の義務が課せられます。
この兵役は拒否することも可能で、その代わりに民間奉仕作業を行うことになり、兵役、民間奉仕作業ともに1年ほど従事しなければなりません。
そのため、ドイツではかなりの学生が、大学入学の時点で20歳を超えているのです。
そしてつい最近まで、ドイツの大学の卒業資格はDiplom(ディプロム)またはMagister(マギスター)と呼ばれる日本の大学での修士に相当するものでした。
(注1*)
ドイツの大学では、「何年で卒業すること」という明確な決まりがないのですが(日本なら、「4年で卒業」というのが普通ですよね)、このDiplomやMagisterを取得するまでに5年から6年かかるのが一般的です。
少し前までは、8年以上大学に在籍する学生もすくなくなかったようです。
が、ここ数年、日本やアメリカで一般的な学士制度を導入する大学が増えているそうです。
しかし、高校までの教育システムの違いから、この学士も3年、または3年半で卒業となる、という話を聞いたことがあります。
私の通っていた美術大学では、学士制度は導入せず、Diplom制度をそのまま残した形となりましたが、そのシステムは徐々に変化してきています。
私は古いシステムのまま卒業しましたが、新しいシステムでは、Vordiplom(中間試験)やDiplom(卒業試験)が夏休みや冬休みに行われるのではなく、1課題として学期中に行われることになった、という話を聞きました。
このことは大学入学から卒業までにかかる年数を明確にすることと共に、その年数の短縮を目指すものだと思います。
2つ目の変化は授業料の導入でしょう。
ドイツは今でも学生にとって恵まれた国であると思いますし、実際に私もその恩恵に受け、大学で勉強していましたが、ハンブルグ(独立都市)やバイエルン州などでは、1年ほど前から1学期につき500ユーロ程度(日本円に換算すると80000円くらい)の授業料の支払いが義務付けられました。
他の州でも、大学側が指定する入学から卒業までに要する期間(9学期=4年半)+4学期以上在籍する学生にはこの授業料の支払いを義務付けているところがほとんどです。
州によっては、留学生は授業料の支払いを免除されるところもあるそうですが、私の大学のある州では日本人にはドイツの学生と同じように授業料の支払い義務がありました。
しかし、私は、ちょうど卒業すると同時に第1学期から授業料徴収が導入されたので、授業料の支払いを免れましたが、これから留学を目指している人はこのことを念頭においた上で計画をたてることが必要でしょう。
(注1*)
私が修了したのはDiplom課程です。DiplomとMagisterの違いについては、あまり詳しくないのでここに書くことは遠慮させてもらいます。
そして、Fachhochshule(ファーハホーホシューレ=専門単科大学)を卒業した場合には、卒業した際にFachdiplomという課程を修了したことになります。Fachhochschuleは他の大学よりも卒業年数が1年か1年半ほど短いことが一般的です。
これは大学とFachhochschuleの学生育成における目的と、それに伴って組み立てられたカリキュラムの違いからくるものでしょう。
1つは日本で主流の学士制度が導入されたことだと思います。(ただし、私はこのことに関して、専門的な知識を持っているわけではないので、ここに書くのは大体の話になってしまいますが、ご了承ください)
ドイツと日本の就学システムの違いはまず、ドイツの高校に相当するギムナジウムが19歳で終了することと言えるでしょう。
そのため、日本の高校を卒業してすぐに渡独しても、大学入学が認められないのはご存知の方も多いと思います。(大学入学には日本の大学の入試に合格したことを証明する書類が必要です)
そして、18歳を成人とするドイツでは、男子に兵役の義務が課せられます。
この兵役は拒否することも可能で、その代わりに民間奉仕作業を行うことになり、兵役、民間奉仕作業ともに1年ほど従事しなければなりません。
そのため、ドイツではかなりの学生が、大学入学の時点で20歳を超えているのです。
そしてつい最近まで、ドイツの大学の卒業資格はDiplom(ディプロム)またはMagister(マギスター)と呼ばれる日本の大学での修士に相当するものでした。
(注1*)
ドイツの大学では、「何年で卒業すること」という明確な決まりがないのですが(日本なら、「4年で卒業」というのが普通ですよね)、このDiplomやMagisterを取得するまでに5年から6年かかるのが一般的です。
少し前までは、8年以上大学に在籍する学生もすくなくなかったようです。
が、ここ数年、日本やアメリカで一般的な学士制度を導入する大学が増えているそうです。
しかし、高校までの教育システムの違いから、この学士も3年、または3年半で卒業となる、という話を聞いたことがあります。
私の通っていた美術大学では、学士制度は導入せず、Diplom制度をそのまま残した形となりましたが、そのシステムは徐々に変化してきています。
私は古いシステムのまま卒業しましたが、新しいシステムでは、Vordiplom(中間試験)やDiplom(卒業試験)が夏休みや冬休みに行われるのではなく、1課題として学期中に行われることになった、という話を聞きました。
このことは大学入学から卒業までにかかる年数を明確にすることと共に、その年数の短縮を目指すものだと思います。
2つ目の変化は授業料の導入でしょう。
ドイツは今でも学生にとって恵まれた国であると思いますし、実際に私もその恩恵に受け、大学で勉強していましたが、ハンブルグ(独立都市)やバイエルン州などでは、1年ほど前から1学期につき500ユーロ程度(日本円に換算すると80000円くらい)の授業料の支払いが義務付けられました。
他の州でも、大学側が指定する入学から卒業までに要する期間(9学期=4年半)+4学期以上在籍する学生にはこの授業料の支払いを義務付けているところがほとんどです。
州によっては、留学生は授業料の支払いを免除されるところもあるそうですが、私の大学のある州では日本人にはドイツの学生と同じように授業料の支払い義務がありました。
しかし、私は、ちょうど卒業すると同時に第1学期から授業料徴収が導入されたので、授業料の支払いを免れましたが、これから留学を目指している人はこのことを念頭においた上で計画をたてることが必要でしょう。
(注1*)
私が修了したのはDiplom課程です。DiplomとMagisterの違いについては、あまり詳しくないのでここに書くことは遠慮させてもらいます。
そして、Fachhochshule(ファーハホーホシューレ=専門単科大学)を卒業した場合には、卒業した際にFachdiplomという課程を修了したことになります。Fachhochschuleは他の大学よりも卒業年数が1年か1年半ほど短いことが一般的です。
これは大学とFachhochschuleの学生育成における目的と、それに伴って組み立てられたカリキュラムの違いからくるものでしょう。
Monday, June 30, 2008
教養科目
私の大学では、基礎課程にて、主に実践的知識を養う科目が教養科目として組まれたカリキュラムでした。例を挙げれば、様々なマテリアルの特性、モデル制作に必要な機械の操作方法など、工房実習と組み合わされた授業がほとんどだったと記憶しています。
それに対して本課程では、デザイナーとしての教養を育てるような講義が必修または選択必修科目となっていました。
これには、うちの大学が創設された経緯から、デザイン論理に力を注いでいたということが関係していると思われます。(実はそんなこと知らなくって入学したのですが…)
日本でも美術大学で勉強したのですが、私の通っていた日本の大学では必修科目でもある程度講義に出席し、学期末に(かなりいいかげんな)レポートさえ提出すれば単位が取れる(筆記テストなんてほとんどなかった)という、はっきり言えば楽なシステムでした。
しかし、ドイツの大学では、デザイナーとしてプレゼンテーション能力を高めるため、実技の課題の発表だけでなく、教養科目でのレポートの発表も義務とされていました。
そして、レポート発表後、そのレポートの文章に手を加えることはもちろんのこと、独自のレイアウトデザインを加えたドキュメントの提出がありました。
教授いわく「レポートくらい、本を2~3冊読んで、その内容をまとめて、ちょっと独自に展開させたものを出せばいい」という話でした。
が、ドイツ語を母国語としない私のような外国人としては、最初の1年間は本当に泣きながら本を読みつつ文章を書き、Power Pointを仕上げ、その後、レイアウト用ソフトを使って仕上げなければならない作業が本当に苦痛でした。
何より、早めに文章だけでも仕上げ、ドイツ人の友人に文章の校正をしてもらわねば発表も提出もできません。
最後の方でも他の学生よりも随分早くにリサーチなどの準備を進め、綿密に計画を練りつつ仕上げないと終わらない上、単位ももらえない作業でした。
しかし、私の学科では筆記試験があまりなかったため、その点ではきちんと計画的に進めておけばどうにかなったということも言えます。
結果としては、このことが自分のドイツ語能力の向上を助けてくれたわけです(私の場合、入学時のドイツ語能力がギリギリ大学でやっていける程度でした)。
が、やはり、大学に通いながらドイツ語を勉強するよりは、大学に入る前にドイツ語ができた方が言葉によるストレスが軽減される分、他学生とのコミュニケーションなど、他の有意義なことに力を費やせるので、より良い勉強の環境を作り出せることになると思います。
それに対して本課程では、デザイナーとしての教養を育てるような講義が必修または選択必修科目となっていました。
これには、うちの大学が創設された経緯から、デザイン論理に力を注いでいたということが関係していると思われます。(実はそんなこと知らなくって入学したのですが…)
日本でも美術大学で勉強したのですが、私の通っていた日本の大学では必修科目でもある程度講義に出席し、学期末に(かなりいいかげんな)レポートさえ提出すれば単位が取れる(筆記テストなんてほとんどなかった)という、はっきり言えば楽なシステムでした。
しかし、ドイツの大学では、デザイナーとしてプレゼンテーション能力を高めるため、実技の課題の発表だけでなく、教養科目でのレポートの発表も義務とされていました。
そして、レポート発表後、そのレポートの文章に手を加えることはもちろんのこと、独自のレイアウトデザインを加えたドキュメントの提出がありました。
教授いわく「レポートくらい、本を2~3冊読んで、その内容をまとめて、ちょっと独自に展開させたものを出せばいい」という話でした。
が、ドイツ語を母国語としない私のような外国人としては、最初の1年間は本当に泣きながら本を読みつつ文章を書き、Power Pointを仕上げ、その後、レイアウト用ソフトを使って仕上げなければならない作業が本当に苦痛でした。
何より、早めに文章だけでも仕上げ、ドイツ人の友人に文章の校正をしてもらわねば発表も提出もできません。
最後の方でも他の学生よりも随分早くにリサーチなどの準備を進め、綿密に計画を練りつつ仕上げないと終わらない上、単位ももらえない作業でした。
しかし、私の学科では筆記試験があまりなかったため、その点ではきちんと計画的に進めておけばどうにかなったということも言えます。
結果としては、このことが自分のドイツ語能力の向上を助けてくれたわけです(私の場合、入学時のドイツ語能力がギリギリ大学でやっていける程度でした)。
が、やはり、大学に通いながらドイツ語を勉強するよりは、大学に入る前にドイツ語ができた方が言葉によるストレスが軽減される分、他学生とのコミュニケーションなど、他の有意義なことに力を費やせるので、より良い勉強の環境を作り出せることになると思います。
本課程の授業について
うちの大学では、学期の始めにいつもゼミ説明会がありました。
うちの学科の教授プラス、毎学期少なくとも1人は外部から客員教授が呼ばれ、そのほぼ全員が1つか2つのゼミ(プロジェクト)を担当し、そこで扱われるテーマは事前に決定されています。
学生はその説明会にてどのゼミが自分のやりたいことと一番一致するかを見極め、教授側に参加を申し込みます。
もし、その中に「面白そうだな~」と思うようなゼミがなければ、その学期を自主的に「休学」することもできます。(*注1)
中には学生が殺到するような人気のゼミもあり、その場合には教授側からの「何人までなら、面倒を見れる」という指示の元に、早いもの勝ち(教授の持っているリストに早く名前を書いた人が参加できる)、または学生同士の話し合いでゼミ参加者が決められる場合もありました。
各教授にも専門分野があるように、学生にも好みがあります。
別に「本課程の最初のゼミがこの教授だったから、卒業までこの先生のところにいなくちゃならない」というようなことはなかったのですが、自分のやりたいこととそれが学べるゼミ(または教授)というのは大体重なっているものです。
最終的には毎学期同じ教授の下で作品製作をし、その教授に卒業制作の指導をお願いする、というのがうちの大学の学生のパターンでした。
私は本課程にて、家具や環境デザインを専門とする教授、製品デザインを基本とし、その上で人間とモノとの関係をテーマとして扱う教授、そして、テキスタイルやファッションデザインを専門とする客員教授の下で制作していました。
(*注1)
この場合、あくまで自主休学なので授業料、学生費等の支払い義務はあります。
過去には授業料が一切かからないことで有名だったドイツの大学ですが、ここ数年、授業料の導入が進められています。
休学扱いになると、授業料の支払い義務はなくなりますが、休学には病気や出産、育児、企業研修など、正当な理由とそれを証明する文書が必要となるため、この自主休学もなかなか難しくなってきていると言えるでしょう。
うちの学科の教授プラス、毎学期少なくとも1人は外部から客員教授が呼ばれ、そのほぼ全員が1つか2つのゼミ(プロジェクト)を担当し、そこで扱われるテーマは事前に決定されています。
学生はその説明会にてどのゼミが自分のやりたいことと一番一致するかを見極め、教授側に参加を申し込みます。
もし、その中に「面白そうだな~」と思うようなゼミがなければ、その学期を自主的に「休学」することもできます。(*注1)
中には学生が殺到するような人気のゼミもあり、その場合には教授側からの「何人までなら、面倒を見れる」という指示の元に、早いもの勝ち(教授の持っているリストに早く名前を書いた人が参加できる)、または学生同士の話し合いでゼミ参加者が決められる場合もありました。
各教授にも専門分野があるように、学生にも好みがあります。
別に「本課程の最初のゼミがこの教授だったから、卒業までこの先生のところにいなくちゃならない」というようなことはなかったのですが、自分のやりたいこととそれが学べるゼミ(または教授)というのは大体重なっているものです。
最終的には毎学期同じ教授の下で作品製作をし、その教授に卒業制作の指導をお願いする、というのがうちの大学の学生のパターンでした。
私は本課程にて、家具や環境デザインを専門とする教授、製品デザインを基本とし、その上で人間とモノとの関係をテーマとして扱う教授、そして、テキスタイルやファッションデザインを専門とする客員教授の下で制作していました。
(*注1)
この場合、あくまで自主休学なので授業料、学生費等の支払い義務はあります。
過去には授業料が一切かからないことで有名だったドイツの大学ですが、ここ数年、授業料の導入が進められています。
休学扱いになると、授業料の支払い義務はなくなりますが、休学には病気や出産、育児、企業研修など、正当な理由とそれを証明する文書が必要となるため、この自主休学もなかなか難しくなってきていると言えるでしょう。
Thursday, June 26, 2008
Hauptstudium(ハオプトシュトゥディウム=本課程)
さて、中間試験に合格すると本課程に入ることができます。
基礎課程(Grundstudium=グルンドシュトゥディウム)では「こんなの勉強したいわけじゃーなかったのに…」と思ってしまうような必修科目が山のようにあって、数少ない選択科目も「この2つの中からどちらかを選びなさい」という窮屈なものであることが多いのですが、本課程に入ると、毎学期、10個くらいあるゼミの中から好きなものを選べるようになったりします。(少なくともうちの学校ではそうでした)
私が通っていた日本の大学でも2年生までは似たようなものだったので、違いといえば、中間試験があるかないか、くらいだったのでしょうか?
しかし、学生の自主性を重んじるドイツの大学では、大学も教授も自分から喰らいついてくる学生の面倒は見てくれますが、そうでないものに関しては放っておかれるのが普通です。
中間試験も卒業試験も自分で申し込みをしない限り、誰からも強制されません。
よく言えば学生の自由が認められていますし、悪く言えば、ぼんやりしていると自分だけ取り残される、という状況にも陥りかねません。
ドイツの社会では、就職してからの社員教育というものはあまりないのが普通のようです。
ですので、この本課程中に「将来、自分がどういう分野でなにをしたいのか」をはっきり見極める必要があります。
ここ数年、学生の優遇される学生天国だったドイツは変わりつつあります。
第一に挙げられるのが、授業料の導入でしょう。
ドイツは社会全般において、専門職を担う人材が不足している状況です。つまり、社会は即戦力と」なる人材を求めています。
ドイツの大学を出て、ドイツに残り仕事をしたい場合には、「何がしたくて、何ができるか」を決めた上で、自分を売り込んでいかなければ、新卒であっても就職はなかなか難しいようです。
そういったことから、本課程の科目選択はとても重要ですし、中間試験を終了した時点で卒業を見据え、自分で計画を立てなければ卒業にはなかなかたどり着けないのが事実です。
私の場合、工業デザインよりもプロダクトデザイン(製品デザイン)の方がやりがいがある、と感じていたので、本課程で選択するゼミもなんらかの製品をデザインするものを選択していました。
…なーんて言ってても、私自身なかなか決められず、途中で迷ったり、寄り道したりしてましたけれどね。
基礎課程(Grundstudium=グルンドシュトゥディウム)では「こんなの勉強したいわけじゃーなかったのに…」と思ってしまうような必修科目が山のようにあって、数少ない選択科目も「この2つの中からどちらかを選びなさい」という窮屈なものであることが多いのですが、本課程に入ると、毎学期、10個くらいあるゼミの中から好きなものを選べるようになったりします。(少なくともうちの学校ではそうでした)
私が通っていた日本の大学でも2年生までは似たようなものだったので、違いといえば、中間試験があるかないか、くらいだったのでしょうか?
しかし、学生の自主性を重んじるドイツの大学では、大学も教授も自分から喰らいついてくる学生の面倒は見てくれますが、そうでないものに関しては放っておかれるのが普通です。
中間試験も卒業試験も自分で申し込みをしない限り、誰からも強制されません。
よく言えば学生の自由が認められていますし、悪く言えば、ぼんやりしていると自分だけ取り残される、という状況にも陥りかねません。
ドイツの社会では、就職してからの社員教育というものはあまりないのが普通のようです。
ですので、この本課程中に「将来、自分がどういう分野でなにをしたいのか」をはっきり見極める必要があります。
ここ数年、学生の優遇される学生天国だったドイツは変わりつつあります。
第一に挙げられるのが、授業料の導入でしょう。
ドイツは社会全般において、専門職を担う人材が不足している状況です。つまり、社会は即戦力と」なる人材を求めています。
ドイツの大学を出て、ドイツに残り仕事をしたい場合には、「何がしたくて、何ができるか」を決めた上で、自分を売り込んでいかなければ、新卒であっても就職はなかなか難しいようです。
そういったことから、本課程の科目選択はとても重要ですし、中間試験を終了した時点で卒業を見据え、自分で計画を立てなければ卒業にはなかなかたどり着けないのが事実です。
私の場合、工業デザインよりもプロダクトデザイン(製品デザイン)の方がやりがいがある、と感じていたので、本課程で選択するゼミもなんらかの製品をデザインするものを選択していました。
…なーんて言ってても、私自身なかなか決められず、途中で迷ったり、寄り道したりしてましたけれどね。
中間試験
春休みにようやく、大きな目標の1つであったVordiplom(中間試験)をやっとのことで終えた。
他の大学や専攻の中間試験はどうか、知らないけれど、私の大学の中間試験はそんなに難しいものではない。
なんていうか、神経を削られる試験でございました…。
うちの大学では、中間試験だからといって、特別な筆記試験があるわけでもなく、ただ自分でテーマを決めて、2ヶ月間、資料を集め、コンセプトをまとめ、モデルを作ってみんなの前で発表する、というものである。
この発表前に、教授による口答試験もあるけれど、この試験で落ちる人はまずいないらしい。教授も基本的に合格させるようにしているという。(中間試験では、の話。この間の卒業試験の口答試験で落とされた人はいた)
うちの大学ではこの試験、いつも夏休みか春休みにあり、学期内の課題の発表・提出が終了した時点でスタート。
ただ、学期末の課題が終わった時点で、学生はみんな疲れ果て、干物状態になっているのに、その直後からまた2ヶ月、日程的にはもっとハードな制作が始まるのである。
中間試験で落ちる人はいないというけれど、提出期限に間に合わないことが分かり、途中であきらめて次回の試験に回る人はいたそうだ。
多少ぬるい雰囲気の漂う試験だけれど、試験は、試験。
みんなできる限り良いものを発表したいので、やっぱりストレスとプレッシャーは発生する。
そんなこんなで、試験がようやく終わるころには、みんなフラフラ。
でも、試験終了の開放感~♪を味わっている余裕などなく、新学期が始まるのである。
そして、再び、2ヶ月、3ヶ月間の課題制作の日々…。
従って、人によっては試験直後の学期を自主的に休む人もいる。
無駄に年をくった貧乏学生のワタクシには、そんなお休み期間など取っている余裕があるハズもなく、そのまま新課題に突入です。
本当、切っ実に夏休みが待ち遠しいかったっす!(涙)
さて、今回の試験、実は前回の試験が変則的に学期内で行なわれるという、中途半端なことを大学が実施したために、いつもは受験者が10人 前後いるのに、どういうわけか4人。
更に、かなり濃いメンバーが揃った。
韓国人のDちゃんに日本人の私。
この時点で受験者の半分は外国人、しかもドイツから遠い遠い、東の果てのアジア出身者。
そして、私と同じ時期に入学し、他の同期生から「なにしに学校来てるんだろう?彼女、多分、本専攻はドイツ文学で、デザインは副専 攻なのよー(要は、ほとんど学校に来ない)」と陰でこっそり言われてしまっているにも関わらず、それでも幽霊のように大学に残り 続ける、やる気ゼロ女学生・FZ。
そして、やっぱり、私と同期生で最年長、どういうわけか2回も職業訓練を終了したのに、また一から大学で勉強を始めてしまった、 究極のいらんこと言いの33歳・F。
ドイツでは、高校卒業後に3年間の職業訓練(大学入学資格を持っていると、たまに2年間で修了できるらしい)を受けてから、大学に 入学する人はあまり珍しくないけれど、このF、2回の職業訓練を受け、それでも計算が合わないほどの年をくって大学に入学してきた。
私もかなり年はいってる学生だから、人のことは言えないし、Fも多分、どこかで働いたりしてたんだろうけどさ。
私はヤツの前でついうっかり、うまくいかない試験のモデル制作を愚痴ったら、逆に説教されてブルーになったことが…。
Dちゃんも、プレゼンで使うパワーポイントのデータがプレゼン直後まで出来あがらず、ようやく仕上げて使おうとしたら、機能 しなかったことがあって、真っ青になってたんだけど、Fは「こんな直前までもたもたしてて、更に使えないデータを持ってきて!」と本人の 前で追い討ちをかけるようなことをデカイ声で言ってたよ…。
根性が曲がっている、というタイプではないのだけど、疲れている五臓六腑に染みわたるトリカブト的言葉を、これまたここ1番のイライラの最高点で言い放つF。
ヤツと渡り合うためには、健康で鈍感な心身が必要なようだ…。
そして、モデル制作も大変だった。
これがうちの工房の先生達、みんな微妙に仲が悪く、そして、機嫌が悪いと学生に当りちらす。
ある時、どうしても1人で制作できず、工房の先生にいちいち次の行程をききながらやっていたら、「あんたは学校に来てるのに、なんで1人 で制作できないんだ!なにしに学校に来てる」と2回も3回も怒鳴られたり…。
…いや、だからさ…。やったことがないから分からない、それを勉強するためにきいてるんだけど、それに対して怒られても…。
結局、試験期間の2ヶ月、先生達の逆鱗に触れないように、やたらめったらビクビクしつつの制作をすることに。
多分、怒られても気にしなければいいんだけどね。どうせ、夜にはその日のことを全部忘れてるからさ。ドイツ人って。
これは私のドイツ人に対する偏見なんだけど、彼らは良く言えば、根に持たない、悪く言えば、忘れやすいという性質があるみたい。
もちろん個人差はあるけど。
基本的にはストレスに弱いので、人間関係のゴタゴタなどでも、日本人比べると精神的にもすぐに参ってしまい、逆にすぐ参って、あきら めてしまうからこそ、あんまり怨恨が残らないと言うか。
しかし、今回、あんまりにも工房のおばちゃんの先生に理不尽に怒られるもんだから、「分からないから仕方ないじゃん。きかないとできな いし!」とかなりキツク言い返してやったら、それ以来、おばちゃんの態度がよそよそしい…。
おばちゃんの中のブラックリストに載ってしまったンだろうか…?
更に、毎回、試験の公開プレゼンにはポスターを作るんだけど、これを担当したのが、F。
ポスターの試作を見せてもらったら、めちゃめちゃ、戦前、軍隊が使ってた日章旗チック…。
「…こ…、コレはちょっと…。アジア圏の人が見たら、いい気しない人もいるし…」とFには言ってみたのだが、結局、プレゼンの時も多少、 色が変更されてたものの、そのまんまになってしまってて。
一部、「日本人が一緒にやってるプレゼンで、こんなデザインを使って良いのか!?」と韓国人のDちゃんの方に質問した人もいた らしい。
これは後でDちゃんからきいたことなんだけど。
Dちゃんはそのことには、人に言われるまで気がつかず、私もFに「アジア圏では、問題のあるデザインだ」と言ったときにはたまたまDちゃん がいないときだった。
Dちゃんには、「Fがデザインしたものだし、私は気がつかなかったから別にいい」と言ってたし、私は「一応、事前にFにそのことは言った けど、結局、そのままになってた」とDちゃんにも伝えたので、問題は別になかったんだけど、この1件で疲れていたココロが更にドッと 疲れた気がした…。
最後にもう1つ、おまけがあって…。
このプレゼン会場に使用した部屋の片付けをめぐって、その部屋を管理している教授がうちの教授のところに怒鳴り込んできたらしい…。
私ともう1人がすぐにその教授のところに謝りにいって、それで話しは済んだんだけど、最後の最後でこの騒動だったため、試験後にやり 遂げた充実感みたいなものはあまりなく、「もうどうでもいい…。単位さえとれれば…」というヤサぐれた気分だけが残った…。
まあ、あと1年は卒業試験を受けられないので、それまでにパワーを蓄えねば。
あ、また研修先を探さないとダメなんだーーーーー(涙)
08.26.2004記(06.26.2008改)
他の大学や専攻の中間試験はどうか、知らないけれど、私の大学の中間試験はそんなに難しいものではない。
なんていうか、神経を削られる試験でございました…。
うちの大学では、中間試験だからといって、特別な筆記試験があるわけでもなく、ただ自分でテーマを決めて、2ヶ月間、資料を集め、コンセプトをまとめ、モデルを作ってみんなの前で発表する、というものである。
この発表前に、教授による口答試験もあるけれど、この試験で落ちる人はまずいないらしい。教授も基本的に合格させるようにしているという。(中間試験では、の話。この間の卒業試験の口答試験で落とされた人はいた)
うちの大学ではこの試験、いつも夏休みか春休みにあり、学期内の課題の発表・提出が終了した時点でスタート。
ただ、学期末の課題が終わった時点で、学生はみんな疲れ果て、干物状態になっているのに、その直後からまた2ヶ月、日程的にはもっとハードな制作が始まるのである。
中間試験で落ちる人はいないというけれど、提出期限に間に合わないことが分かり、途中であきらめて次回の試験に回る人はいたそうだ。
多少ぬるい雰囲気の漂う試験だけれど、試験は、試験。
みんなできる限り良いものを発表したいので、やっぱりストレスとプレッシャーは発生する。
そんなこんなで、試験がようやく終わるころには、みんなフラフラ。
でも、試験終了の開放感~♪を味わっている余裕などなく、新学期が始まるのである。
そして、再び、2ヶ月、3ヶ月間の課題制作の日々…。
従って、人によっては試験直後の学期を自主的に休む人もいる。
無駄に年をくった貧乏学生のワタクシには、そんなお休み期間など取っている余裕があるハズもなく、そのまま新課題に突入です。
本当、切っ実に夏休みが待ち遠しいかったっす!(涙)
さて、今回の試験、実は前回の試験が変則的に学期内で行なわれるという、中途半端なことを大学が実施したために、いつもは受験者が10人 前後いるのに、どういうわけか4人。
更に、かなり濃いメンバーが揃った。
韓国人のDちゃんに日本人の私。
この時点で受験者の半分は外国人、しかもドイツから遠い遠い、東の果てのアジア出身者。
そして、私と同じ時期に入学し、他の同期生から「なにしに学校来てるんだろう?彼女、多分、本専攻はドイツ文学で、デザインは副専 攻なのよー(要は、ほとんど学校に来ない)」と陰でこっそり言われてしまっているにも関わらず、それでも幽霊のように大学に残り 続ける、やる気ゼロ女学生・FZ。
そして、やっぱり、私と同期生で最年長、どういうわけか2回も職業訓練を終了したのに、また一から大学で勉強を始めてしまった、 究極のいらんこと言いの33歳・F。
ドイツでは、高校卒業後に3年間の職業訓練(大学入学資格を持っていると、たまに2年間で修了できるらしい)を受けてから、大学に 入学する人はあまり珍しくないけれど、このF、2回の職業訓練を受け、それでも計算が合わないほどの年をくって大学に入学してきた。
私もかなり年はいってる学生だから、人のことは言えないし、Fも多分、どこかで働いたりしてたんだろうけどさ。
私はヤツの前でついうっかり、うまくいかない試験のモデル制作を愚痴ったら、逆に説教されてブルーになったことが…。
Dちゃんも、プレゼンで使うパワーポイントのデータがプレゼン直後まで出来あがらず、ようやく仕上げて使おうとしたら、機能 しなかったことがあって、真っ青になってたんだけど、Fは「こんな直前までもたもたしてて、更に使えないデータを持ってきて!」と本人の 前で追い討ちをかけるようなことをデカイ声で言ってたよ…。
根性が曲がっている、というタイプではないのだけど、疲れている五臓六腑に染みわたるトリカブト的言葉を、これまたここ1番のイライラの最高点で言い放つF。
ヤツと渡り合うためには、健康で鈍感な心身が必要なようだ…。
そして、モデル制作も大変だった。
これがうちの工房の先生達、みんな微妙に仲が悪く、そして、機嫌が悪いと学生に当りちらす。
ある時、どうしても1人で制作できず、工房の先生にいちいち次の行程をききながらやっていたら、「あんたは学校に来てるのに、なんで1人 で制作できないんだ!なにしに学校に来てる」と2回も3回も怒鳴られたり…。
…いや、だからさ…。やったことがないから分からない、それを勉強するためにきいてるんだけど、それに対して怒られても…。
結局、試験期間の2ヶ月、先生達の逆鱗に触れないように、やたらめったらビクビクしつつの制作をすることに。
多分、怒られても気にしなければいいんだけどね。どうせ、夜にはその日のことを全部忘れてるからさ。ドイツ人って。
これは私のドイツ人に対する偏見なんだけど、彼らは良く言えば、根に持たない、悪く言えば、忘れやすいという性質があるみたい。
もちろん個人差はあるけど。
基本的にはストレスに弱いので、人間関係のゴタゴタなどでも、日本人比べると精神的にもすぐに参ってしまい、逆にすぐ参って、あきら めてしまうからこそ、あんまり怨恨が残らないと言うか。
しかし、今回、あんまりにも工房のおばちゃんの先生に理不尽に怒られるもんだから、「分からないから仕方ないじゃん。きかないとできな いし!」とかなりキツク言い返してやったら、それ以来、おばちゃんの態度がよそよそしい…。
おばちゃんの中のブラックリストに載ってしまったンだろうか…?
更に、毎回、試験の公開プレゼンにはポスターを作るんだけど、これを担当したのが、F。
ポスターの試作を見せてもらったら、めちゃめちゃ、戦前、軍隊が使ってた日章旗チック…。
「…こ…、コレはちょっと…。アジア圏の人が見たら、いい気しない人もいるし…」とFには言ってみたのだが、結局、プレゼンの時も多少、 色が変更されてたものの、そのまんまになってしまってて。
一部、「日本人が一緒にやってるプレゼンで、こんなデザインを使って良いのか!?」と韓国人のDちゃんの方に質問した人もいた らしい。
これは後でDちゃんからきいたことなんだけど。
Dちゃんはそのことには、人に言われるまで気がつかず、私もFに「アジア圏では、問題のあるデザインだ」と言ったときにはたまたまDちゃん がいないときだった。
Dちゃんには、「Fがデザインしたものだし、私は気がつかなかったから別にいい」と言ってたし、私は「一応、事前にFにそのことは言った けど、結局、そのままになってた」とDちゃんにも伝えたので、問題は別になかったんだけど、この1件で疲れていたココロが更にドッと 疲れた気がした…。
最後にもう1つ、おまけがあって…。
このプレゼン会場に使用した部屋の片付けをめぐって、その部屋を管理している教授がうちの教授のところに怒鳴り込んできたらしい…。
私ともう1人がすぐにその教授のところに謝りにいって、それで話しは済んだんだけど、最後の最後でこの騒動だったため、試験後にやり 遂げた充実感みたいなものはあまりなく、「もうどうでもいい…。単位さえとれれば…」というヤサぐれた気分だけが残った…。
まあ、あと1年は卒業試験を受けられないので、それまでにパワーを蓄えねば。
あ、また研修先を探さないとダメなんだーーーーー(涙)
08.26.2004記(06.26.2008改)
一足早い学期末と企業研修
先週の火曜日、7月1日にに待ちに待っていた企業研修が始まった。
この研修、去年の10月だったか?の時点ですでに決定したいたもので、この研修受け入れ先が見つかるまでには本当に時間も手間もかかった。
日本の不況も大変だけど、ドイツも不況の真っ只中。
そのせいで、研修生受け入れに消極的な企業も多いらしい。
この研修先が決まったときには本当にホッとした。
だって、わたしの大学では企業研修を終えていないことにはVordiplom試験(大学の基礎過程終了試験)を受けさせてもらえず、ということは本過程にも進めないから。
でも、この研修が決まった時点で問題が1つ。
研修は7月1日から始まるけれど、大学は7月の第3週まで続くのだ…。
なんとか大学側と交渉し、6月末までに課題をすべて提出することで今学期の単位はどうにかなることになった。
春休み明けの4月にこの交渉をした時には「多分、6月辺りは大変なことになってるんだろうなー…」とか他人事のように思っていたけれど、これが本当に大変なことだった…。
次から次へと課題の締め切りがやって来て、ちょっとしたことで、プツンと切れてみて、世界の終わりを予感したり…。
どーんと積まれた課題の製図やらレポートの資料やらを前に(気分的に)燃え尽き、1日何もしない、なんてことが数回あった。
とくに6月末には、バイト先で異常に気を使う状況に陥ったせいもあって、「もうヤダ…」と現実逃避に勤しんでいた。
実はいろいろ考えた結果、今年の夏にVordiplom試験を受けることは諦めたんだけど、今更ながら、来年早々にVordiplom試験を延ばした自分の判断の正しさに自画自賛してたり。
この状況で、夏にVordiplomをする、なんてことに決めていたら、忙しさのあまり、もっと情緒不安定になっていただろう…。
第5学期に取得できる単位については、秘書課に問い合わせた結果、最終試験の単位として認められるとのこと。
いくつかの課題はVordiplomまでに提出すればよいという話なんだけど、油断していると来年早々、それこそヒドイ目にあうので気を引き締めていかないと。
結局、6月30日の私にとって今学期最後の日早朝まで課題をいじって、どうにか終わらせ、次の日の朝から早速研修先に通うことになった。
今回、私がやる研修というのはMashinenbaupraktikumというヤツで、本来ならばMashinenbau(マシーネンバオ=機械工学)を 後々に勉強する予定の高校を卒業したばっかりの人たちのもので、私みたいにもうVordiplom前で、しかもデザイン専攻学生のためではない…らしい。
まあ、うちの大学には「Masinenbaupraktikumをすること!」という規則があるので、企業側にも私にとっても「デザイン学生だから」という理由で特に問題は発生しないんだけど。
ただねー。ただねー…。
これが見事なばかりにまわりは若い若ーい男の子ばっかり。
私の研修先は割と大きな企業で、職業訓練中の職人見習の子達だけのために特別な部門があって、そこを私たち研修生も毎日ウロウロしている。
職人見習の子達は大体20人か30人くらいなんだけど、そのうち女の子は1人だけ。
そして研修生は私を含めて7人で、そのうち女の子は私以外にあと1人。
それはそれはピチピチの男の子たちに囲まれて、両手両足に花?状態だったりする。
初日に、企業側から新品の作業企業ロゴ入りTシャツ、ズボン、ジャケットに安全靴までもらい、で、今、研修生たちは何をやってるか、というと文鎮作ってます。
研修生全員、こういった機械工の機械を使用したことが全くなく(私は一応、大学で多少使ったことはあるけど、たいした知識も無いので…)、U字型スチールをヤスリで削ることから研修は開始。
…スチールをヤスリで5ミリ削れって…。1日半かけて削った上に、手に水ぶくれが出来たけど、まだ終わってません…。
機械でやったら、5分で終わるんだけどなー。でも、Vorpraktikumって本当に基本中の基本のヤスリの持ち方、ノギスの使い方から始まるのね…。
研修は朝の7時から始まるので、朝起きるのが辛いといえば辛いんだけど、家の近所だし、3時過ぎにはもう家に帰れるし。
おまけに大学の課題みたいに家でも続きをしなきゃ、なんてことにはならないから、そういう意味でのストレスはない。
ただ問題があるとしたら、工房の親方がすごい地元の方言をしゃべることくらいかな…?
ドイツに住んでほぼ3年だけど、ここまですごいのははじめてかも…、というくらいスゴイ。
タダでさえも私のドイツ語理解力はヤバイのに、半分くらい何を言ってるのか理解できず、もう1度質問すること度々。
でも、他の地元出身の研修生いわく、「あの親方のなまりかたはマシなほう」らしい…。
…私も日本ではかなりキツイ方言をしゃべるから人のことは言えないか…。
そんなこんなで、今のところは結構快適に通っているんだけど、後々どうなることやら…。
せいぜいクビにならないようにがんばります、ハイ。
07.06.2003記(06.26.2008改)
この研修、去年の10月だったか?の時点ですでに決定したいたもので、この研修受け入れ先が見つかるまでには本当に時間も手間もかかった。
日本の不況も大変だけど、ドイツも不況の真っ只中。
そのせいで、研修生受け入れに消極的な企業も多いらしい。
この研修先が決まったときには本当にホッとした。
だって、わたしの大学では企業研修を終えていないことにはVordiplom試験(大学の基礎過程終了試験)を受けさせてもらえず、ということは本過程にも進めないから。
でも、この研修が決まった時点で問題が1つ。
研修は7月1日から始まるけれど、大学は7月の第3週まで続くのだ…。
なんとか大学側と交渉し、6月末までに課題をすべて提出することで今学期の単位はどうにかなることになった。
春休み明けの4月にこの交渉をした時には「多分、6月辺りは大変なことになってるんだろうなー…」とか他人事のように思っていたけれど、これが本当に大変なことだった…。
次から次へと課題の締め切りがやって来て、ちょっとしたことで、プツンと切れてみて、世界の終わりを予感したり…。
どーんと積まれた課題の製図やらレポートの資料やらを前に(気分的に)燃え尽き、1日何もしない、なんてことが数回あった。
とくに6月末には、バイト先で異常に気を使う状況に陥ったせいもあって、「もうヤダ…」と現実逃避に勤しんでいた。
実はいろいろ考えた結果、今年の夏にVordiplom試験を受けることは諦めたんだけど、今更ながら、来年早々にVordiplom試験を延ばした自分の判断の正しさに自画自賛してたり。
この状況で、夏にVordiplomをする、なんてことに決めていたら、忙しさのあまり、もっと情緒不安定になっていただろう…。
第5学期に取得できる単位については、秘書課に問い合わせた結果、最終試験の単位として認められるとのこと。
いくつかの課題はVordiplomまでに提出すればよいという話なんだけど、油断していると来年早々、それこそヒドイ目にあうので気を引き締めていかないと。
結局、6月30日の私にとって今学期最後の日早朝まで課題をいじって、どうにか終わらせ、次の日の朝から早速研修先に通うことになった。
今回、私がやる研修というのはMashinenbaupraktikumというヤツで、本来ならばMashinenbau(マシーネンバオ=機械工学)を 後々に勉強する予定の高校を卒業したばっかりの人たちのもので、私みたいにもうVordiplom前で、しかもデザイン専攻学生のためではない…らしい。
まあ、うちの大学には「Masinenbaupraktikumをすること!」という規則があるので、企業側にも私にとっても「デザイン学生だから」という理由で特に問題は発生しないんだけど。
ただねー。ただねー…。
これが見事なばかりにまわりは若い若ーい男の子ばっかり。
私の研修先は割と大きな企業で、職業訓練中の職人見習の子達だけのために特別な部門があって、そこを私たち研修生も毎日ウロウロしている。
職人見習の子達は大体20人か30人くらいなんだけど、そのうち女の子は1人だけ。
そして研修生は私を含めて7人で、そのうち女の子は私以外にあと1人。
それはそれはピチピチの男の子たちに囲まれて、両手両足に花?状態だったりする。
初日に、企業側から新品の作業企業ロゴ入りTシャツ、ズボン、ジャケットに安全靴までもらい、で、今、研修生たちは何をやってるか、というと文鎮作ってます。
研修生全員、こういった機械工の機械を使用したことが全くなく(私は一応、大学で多少使ったことはあるけど、たいした知識も無いので…)、U字型スチールをヤスリで削ることから研修は開始。
…スチールをヤスリで5ミリ削れって…。1日半かけて削った上に、手に水ぶくれが出来たけど、まだ終わってません…。
機械でやったら、5分で終わるんだけどなー。でも、Vorpraktikumって本当に基本中の基本のヤスリの持ち方、ノギスの使い方から始まるのね…。
研修は朝の7時から始まるので、朝起きるのが辛いといえば辛いんだけど、家の近所だし、3時過ぎにはもう家に帰れるし。
おまけに大学の課題みたいに家でも続きをしなきゃ、なんてことにはならないから、そういう意味でのストレスはない。
ただ問題があるとしたら、工房の親方がすごい地元の方言をしゃべることくらいかな…?
ドイツに住んでほぼ3年だけど、ここまですごいのははじめてかも…、というくらいスゴイ。
タダでさえも私のドイツ語理解力はヤバイのに、半分くらい何を言ってるのか理解できず、もう1度質問すること度々。
でも、他の地元出身の研修生いわく、「あの親方のなまりかたはマシなほう」らしい…。
…私も日本ではかなりキツイ方言をしゃべるから人のことは言えないか…。
そんなこんなで、今のところは結構快適に通っているんだけど、後々どうなることやら…。
せいぜいクビにならないようにがんばります、ハイ。
07.06.2003記(06.26.2008改)
第4学期とVordiplom(フォアディプロム=中間試験)
先週の火曜日から第4学期(4. Semester)が始まった。
基本的には、ゼミに参加して、単位をもらうことが目的だから、前の第3学期と対して変わらない。
でも、私たちにとってはちょっとだけ雰囲気の違う。
なぜかというと、この第4学期終了後に基礎過程(Grundstudium)修了試験であるVordiplom試験(中間試験といったらよいのか…)を受けてもいいことになっているから。
まあ、大学によっていろいろ差があるだろうけど、大体の場合、基礎過程ではその専攻に関する一般的なこと、広範囲なことを一通り勉強して、 Vordiplom試験で締めくくり、その後の本過程(Hauptstudium)では、より自分の興味のあることに的を絞って、勉強することができる、 らしい。
私が知ってる限りでは、こんな感じ。
うちのクラスは、すでに職業訓練(Ausbildung=高校卒業後、ある職業を習得するために3年間勉強する制度。3年間の締めくくりには、修了試験が ある)を終えてから入学してきた学生が他の年よりも多いせいか、入学早々のおととしの段階から、このドイツ人でさえも分かりにくいVordiplom試験 の仕組みに対して、教授を捕まえては質問攻めにしている光景がよく見られた。
私もとんでもないドイツ語能力の割には、今までで落とした単位はまだないし、今学期を修了すれば、他の同級生と同様にVordiplom試験を受けること が出来る資格を得られるハズ…。 実は、自慢にならないけど、実技の成績はともかく、理論系の成績はヒドイもんで、私がもし、ドイツ人だったら落としていた単位が、知ってるだけで2つ…。 この2つは、「仕方ないよね。外国人だし。まあ、まじめに授業に出てくるから」というわけで、教授のお情けで通してもらったという…。
でもでも、ここで問題が1つ出てきた。
この問題というのが、Praktikum(企業研修)。
私の大学では、Vordiplom試験前に11週間の企業研修をしてきて、それを証明しないことには試験自体を受けさせてもらえない。
去年の3月ごろからの約半年間、必死になって研修先を探し、大学の工房で研修気分を味わわせてもらったりなどなど、いろいろあったけど、去年の10月くらいにある企業に11週間の研修を受け入れてもらえることになった。
私としては、この春休みに研修を終わらせたかったんだけど、受け入れ先企業に「春休み期間には、あなたの望む研修を提供できません。夏休みにならそれができます」と言われた以上、他にどうしようもない。
だいたい、何社にも断られつづける仲で、やっと承諾の返事をくれる企業にめぐり合えたことに感謝しないと。
でも、この企業研修が今年の7月から9月の半ばまで。
Vordiplom試験の準備期間が、8月半ばから10月頭まで。
うちの大学の場合、Vordiplom試験の際の特別な筆記試験等はなく、自分で1つのテーマを探し、そのテーマに沿い、コンセプトを固め、モデルを作っ て、大学側に作品モデルとドキュメントファイルを提出、そして、お客さんを呼んでのプレゼンで締めくくる。(ちなみに、Vordiplom用の筆記試験が 存在しないのではなく、基礎過程と並行する形でVordiplomに必要な試験もぼちぼち行われていくシステムを、うちの学校は採用している)
そんなわけで、企業研修と平行して、Vordiplom試験の準備をすることはまず、不可能との話。
モデルは大学の工房でじゃないと作れないけど、工房が開いている時間、私は研修してないといけないから。
この夏のVordiplom試験を逃すと次の機会は来年2月くらい。
Vordiplom試験が半年遅れるってことは、大学卒業も半年、遅れるってこと?
「大学を(単位取得可能な範囲での)最短期間で卒業しなきゃならないんです~!」とまで思いつめてはいないけど、私は第5学期に当たる、今年の10月から来年の2月までの期間、なにをしていたらいいんだろう…?
Vordiplom試験合格前に取った単位(つまり、第5学期に取る単位)が、次の本過程、もしくは卒業に必要な単位として認められれば、別に問題はないんだけど、そのへんがよく分からない。
まあ、単位の話はうちの専攻直属の秘書さんに訊けばいいことなんだけど、実は先週、彼女をとっ捕まえて、30分間、Vordiplom試験に関する質問づけにしてやったので、また訊きにいったら、嫌がられそうだな~。
でも、すっきりしないことをあれこれ1人で考えているのも嫌なので、また秘書さんに訊きにいこう。
(追記 : ドイツの大学では交渉次第で例外が認められることが多いです。2006年くらい?からドイツ中の大学の仕組み自体が見直され、カリキュラムの変更が毎学期のように行われているみたいなので、分からないことは学生課や秘書さんにしつこく尋ねるくらいしないと、「知らなかった」と言っても学生の責任にされることがほとんどなので、注意してください)
5.04.2003記(06.26.2008改)
基本的には、ゼミに参加して、単位をもらうことが目的だから、前の第3学期と対して変わらない。
でも、私たちにとってはちょっとだけ雰囲気の違う。
なぜかというと、この第4学期終了後に基礎過程(Grundstudium)修了試験であるVordiplom試験(中間試験といったらよいのか…)を受けてもいいことになっているから。
まあ、大学によっていろいろ差があるだろうけど、大体の場合、基礎過程ではその専攻に関する一般的なこと、広範囲なことを一通り勉強して、 Vordiplom試験で締めくくり、その後の本過程(Hauptstudium)では、より自分の興味のあることに的を絞って、勉強することができる、 らしい。
私が知ってる限りでは、こんな感じ。
うちのクラスは、すでに職業訓練(Ausbildung=高校卒業後、ある職業を習得するために3年間勉強する制度。3年間の締めくくりには、修了試験が ある)を終えてから入学してきた学生が他の年よりも多いせいか、入学早々のおととしの段階から、このドイツ人でさえも分かりにくいVordiplom試験 の仕組みに対して、教授を捕まえては質問攻めにしている光景がよく見られた。
私もとんでもないドイツ語能力の割には、今までで落とした単位はまだないし、今学期を修了すれば、他の同級生と同様にVordiplom試験を受けること が出来る資格を得られるハズ…。 実は、自慢にならないけど、実技の成績はともかく、理論系の成績はヒドイもんで、私がもし、ドイツ人だったら落としていた単位が、知ってるだけで2つ…。 この2つは、「仕方ないよね。外国人だし。まあ、まじめに授業に出てくるから」というわけで、教授のお情けで通してもらったという…。
でもでも、ここで問題が1つ出てきた。
この問題というのが、Praktikum(企業研修)。
私の大学では、Vordiplom試験前に11週間の企業研修をしてきて、それを証明しないことには試験自体を受けさせてもらえない。
去年の3月ごろからの約半年間、必死になって研修先を探し、大学の工房で研修気分を味わわせてもらったりなどなど、いろいろあったけど、去年の10月くらいにある企業に11週間の研修を受け入れてもらえることになった。
私としては、この春休みに研修を終わらせたかったんだけど、受け入れ先企業に「春休み期間には、あなたの望む研修を提供できません。夏休みにならそれができます」と言われた以上、他にどうしようもない。
だいたい、何社にも断られつづける仲で、やっと承諾の返事をくれる企業にめぐり合えたことに感謝しないと。
でも、この企業研修が今年の7月から9月の半ばまで。
Vordiplom試験の準備期間が、8月半ばから10月頭まで。
うちの大学の場合、Vordiplom試験の際の特別な筆記試験等はなく、自分で1つのテーマを探し、そのテーマに沿い、コンセプトを固め、モデルを作っ て、大学側に作品モデルとドキュメントファイルを提出、そして、お客さんを呼んでのプレゼンで締めくくる。(ちなみに、Vordiplom用の筆記試験が 存在しないのではなく、基礎過程と並行する形でVordiplomに必要な試験もぼちぼち行われていくシステムを、うちの学校は採用している)
そんなわけで、企業研修と平行して、Vordiplom試験の準備をすることはまず、不可能との話。
モデルは大学の工房でじゃないと作れないけど、工房が開いている時間、私は研修してないといけないから。
この夏のVordiplom試験を逃すと次の機会は来年2月くらい。
Vordiplom試験が半年遅れるってことは、大学卒業も半年、遅れるってこと?
「大学を(単位取得可能な範囲での)最短期間で卒業しなきゃならないんです~!」とまで思いつめてはいないけど、私は第5学期に当たる、今年の10月から来年の2月までの期間、なにをしていたらいいんだろう…?
Vordiplom試験合格前に取った単位(つまり、第5学期に取る単位)が、次の本過程、もしくは卒業に必要な単位として認められれば、別に問題はないんだけど、そのへんがよく分からない。
まあ、単位の話はうちの専攻直属の秘書さんに訊けばいいことなんだけど、実は先週、彼女をとっ捕まえて、30分間、Vordiplom試験に関する質問づけにしてやったので、また訊きにいったら、嫌がられそうだな~。
でも、すっきりしないことをあれこれ1人で考えているのも嫌なので、また秘書さんに訊きにいこう。
(追記 : ドイツの大学では交渉次第で例外が認められることが多いです。2006年くらい?からドイツ中の大学の仕組み自体が見直され、カリキュラムの変更が毎学期のように行われているみたいなので、分からないことは学生課や秘書さんにしつこく尋ねるくらいしないと、「知らなかった」と言っても学生の責任にされることがほとんどなので、注意してください)
5.04.2003記(06.26.2008改)
学期末
来週いっぱいで、やっと冬学期が終了する。
自分としては、「なんとか無事に終わりそう…」という感じ。
去年の10月からの5ヶ月間、思い起こせば、毎日課題に苦しめられたことや、毎日、毎日課題に苦しめられたことや、毎日、毎日、毎日課題に苦しめられたことなど、それはそれはさわやかな思い出がいっぱい。
プレゼンまで後3週間もないのに、課題案の決定段階で教授から2度ダメ出しが出て、「もう、間に合わないかもしれない…」と半泣きになりつつ、すべて一からやり直したとか。
学校で丸一日かけて作ったデータをCDに焼いて家に持ち帰ったところ、うっかりオーディオCDで焼いてしまったため、全く家で使えなかったとか。
通学中の電車内で居眠りをこいてたら、突然、見知らぬおねーちゃんに手を握られて、肝が縮み上がる思いで飛び起きたら、学校のある駅を通り越して終点まで来てしまったことに気が付いたとか… (←親切なおねーちゃんだったよーだ。私はてっきりヤバイ人かと…。すまないっす)。
ようがんばったなー。私…。ううう…(涙)
これは私だけではなく、今学期、私と同じ指導教授の下で課題をやってた同級生のほぼ全員がそう思っているハズ。
学期内の課題を締めくくるイベントといえば、来週の学科内プレゼンテーションなんだけど、うちのプロジェクト参加メンバーにとっては、昨日が山場だった。
なぜかというと、昨日、プレゼンで使うボードとドキュメントを印刷する予定だったから。
今日会った同級生も、「もうどうでもいい…。どうとでもなる。早く自由になりたい…」とか疲れた顔で言っていた。
とりあえず、印刷物が予定通り終われば、後はプレゼンまでゆっくり準備できる。
でも、印刷してる時には当然のようにトラブルが起こる。(モデルを作ってる時とか、普通、トラブルは起こらない)
いつものように、昨日も突然コンピュータがフリーズすること、何度か。データをプリンターに送信したのに、プリンターが「データを受信していない」と言い張りやがったこと、さらに数回。
そのくせ、突然、印刷を開始し、同じページを刷ってくれること、数えたくないほど。
朝の9時から印刷を開始して、終わったのが夕方6時。
…A3とA4版の、合計でたった50枚の印刷物だったってのに。
しかも、画面で見て設定したのと印刷したのとでは、色が全く違うし(涙)
この辺は、ちゃんとした人は(普通の人なら、かな)試し刷りして本刷りに備えるとか、また設定を変えて刷りなおすとかするんだろうけど、お金もかかるし、なにより、めんどくさい…。
そんなわけで、昨日は1日、みんなプレゼンの準備でくそ忙しいこの時期に、うちのグループ3人で学校内で数少ない(これだけトラブルが続発しても)まともなプリンターを占領したもんだから、まわりにもものすごいストレスを与えていた…らしい。
…もう、何度も印刷のときに痛い目にあってるから、2週間以上前から担当の先生に、「この日に印刷をしたいんで、プリンターを優先的に使わせてくださ い」って、何度も頼んでおいたのが幸いして、本来はプリンターの優先使用なんていうことはできないところを、先生にかなり配慮してもらえたんだけど、それ でも、他の人から「誰がそんな勝手な(予約制なんていう)規則を作ったんだ!」とか嫌味を言われたりも。くううう…。
ふう。それはそれは長い戦いだった…。
印刷が終わった今、不謹慎な話、提出物さえ期限内に出せれば、もうあとはどうとでもなる、という間違った思い込みがある私。
ボードもドキュメントもプレゼンのために作るものなんだけど、いつのまにか、せっかく作ったボードとドキュメントがもったいないからプレゼンでもやってやるか、という何かがちょっと(かなり?)ズレてきてる状態。
…ダメ人間なわたし。
でも、今日は何日かぶりに、ようやくゆっくり眠れた。
本当は、まだドキュメントの製本をしなきゃならないんだけど、どういうわけか、やるドラをやってる…(4年くらい前に買ったヤツ。ちょっと古いですなー)。
すでに気分は春休み。
あ、その前にプレゼンか…。
2.13.2003記(06.26.2008改)
自分としては、「なんとか無事に終わりそう…」という感じ。
去年の10月からの5ヶ月間、思い起こせば、毎日課題に苦しめられたことや、毎日、毎日課題に苦しめられたことや、毎日、毎日、毎日課題に苦しめられたことなど、それはそれはさわやかな思い出がいっぱい。
プレゼンまで後3週間もないのに、課題案の決定段階で教授から2度ダメ出しが出て、「もう、間に合わないかもしれない…」と半泣きになりつつ、すべて一からやり直したとか。
学校で丸一日かけて作ったデータをCDに焼いて家に持ち帰ったところ、うっかりオーディオCDで焼いてしまったため、全く家で使えなかったとか。
通学中の電車内で居眠りをこいてたら、突然、見知らぬおねーちゃんに手を握られて、肝が縮み上がる思いで飛び起きたら、学校のある駅を通り越して終点まで来てしまったことに気が付いたとか… (←親切なおねーちゃんだったよーだ。私はてっきりヤバイ人かと…。すまないっす)。
ようがんばったなー。私…。ううう…(涙)
これは私だけではなく、今学期、私と同じ指導教授の下で課題をやってた同級生のほぼ全員がそう思っているハズ。
学期内の課題を締めくくるイベントといえば、来週の学科内プレゼンテーションなんだけど、うちのプロジェクト参加メンバーにとっては、昨日が山場だった。
なぜかというと、昨日、プレゼンで使うボードとドキュメントを印刷する予定だったから。
今日会った同級生も、「もうどうでもいい…。どうとでもなる。早く自由になりたい…」とか疲れた顔で言っていた。
とりあえず、印刷物が予定通り終われば、後はプレゼンまでゆっくり準備できる。
でも、印刷してる時には当然のようにトラブルが起こる。(モデルを作ってる時とか、普通、トラブルは起こらない)
いつものように、昨日も突然コンピュータがフリーズすること、何度か。データをプリンターに送信したのに、プリンターが「データを受信していない」と言い張りやがったこと、さらに数回。
そのくせ、突然、印刷を開始し、同じページを刷ってくれること、数えたくないほど。
朝の9時から印刷を開始して、終わったのが夕方6時。
…A3とA4版の、合計でたった50枚の印刷物だったってのに。
しかも、画面で見て設定したのと印刷したのとでは、色が全く違うし(涙)
この辺は、ちゃんとした人は(普通の人なら、かな)試し刷りして本刷りに備えるとか、また設定を変えて刷りなおすとかするんだろうけど、お金もかかるし、なにより、めんどくさい…。
そんなわけで、昨日は1日、みんなプレゼンの準備でくそ忙しいこの時期に、うちのグループ3人で学校内で数少ない(これだけトラブルが続発しても)まともなプリンターを占領したもんだから、まわりにもものすごいストレスを与えていた…らしい。
…もう、何度も印刷のときに痛い目にあってるから、2週間以上前から担当の先生に、「この日に印刷をしたいんで、プリンターを優先的に使わせてくださ い」って、何度も頼んでおいたのが幸いして、本来はプリンターの優先使用なんていうことはできないところを、先生にかなり配慮してもらえたんだけど、それ でも、他の人から「誰がそんな勝手な(予約制なんていう)規則を作ったんだ!」とか嫌味を言われたりも。くううう…。
ふう。それはそれは長い戦いだった…。
印刷が終わった今、不謹慎な話、提出物さえ期限内に出せれば、もうあとはどうとでもなる、という間違った思い込みがある私。
ボードもドキュメントもプレゼンのために作るものなんだけど、いつのまにか、せっかく作ったボードとドキュメントがもったいないからプレゼンでもやってやるか、という何かがちょっと(かなり?)ズレてきてる状態。
…ダメ人間なわたし。
でも、今日は何日かぶりに、ようやくゆっくり眠れた。
本当は、まだドキュメントの製本をしなきゃならないんだけど、どういうわけか、やるドラをやってる…(4年くらい前に買ったヤツ。ちょっと古いですなー)。
すでに気分は春休み。
あ、その前にプレゼンか…。
2.13.2003記(06.26.2008改)
第3学期
大学で勉強し始めて、1年以上が過ぎた。
ドイツの大学では、日本の大学のように、全員4年で卒業しなければならないという決まりも、1年生、2年生などという学年という概念があまりない。
ただ、大学に入学した学期から何学期目にいるか、とはよく尋ねられる。
こっちでは1年に2学期あり、すでに最初の1年が終わった私は現在、第3学期目(3. Semester=第3ゼメスター。ちなみに、来年4月からは第4ゼメスター、10月には第5ゼメスターということになる)。
これからドイツの大学で勉強したい人を脅すわけではないけれど、去年、大学で勉強し始めたときは、本当に悲惨な状態だった。
語学学校の授業はちゃんと理解できていたから(と、今でも信じている…)、大学でドイツ人と同じように勉強する、ということを甘く見ていたのだ。
始まってみれば、クラスに私の私以外の外国人は居らず、他のクラスメートが出来て当然、小学生でも出来るような、「話を聞く、理解する」ことが出来ない自分に気が付いた。
語学学校では、当然のことながら、先生以外は皆ドイツ語を母国語としない外国人。
習得の速い遅いはあったけれど、日常のことやドイツ語の勉強のことなど、抱えている問題はよく似ていて、友達もいたし、ストレスと苦労はあったものの、楽しいと思える日が多かった。
去年1年は、友達も出来ず、授業も十分理解できないなか、学校に通うのがやっとだった。
ただでさえも常に疎外感を感じているのに、そのなかで1日でも学校を休むと、本当に自分の居場所がなくなってしまうかも…、とかなりオーバーな恐怖心があったから。
いつもながら、小心者な私…。
そんな私の去年の合言葉は、「2年目からは(課題がちょっとずつ)楽になる、楽になる、楽になる…(延々と続く…)」。
まるで自己催眠のように、繰り返し、繰り返し、自分に言い聞かせて、その上、友人たちにも「頼むから、来年からは楽になるって言ってー!!」と無理やり言わせていたり。
そしてやっと迎えた第3学期…。
何で、去年よりも大変なんだ…?うそつきーーーーー(泣)
今学期、私のクラスは4人の教授のプロジェクトに分かれ、それぞれ別々に作業していたんだけど、どうも、4つのプロジェクトのうち、私が選択したプロジェクトが一番大変だったらしい…。
10月の末に始まったこの課題。先週の金曜日の課題発表までの6~7週間、毎週2回ほど、なんらかの締め切りがあり、絶えず、締め切りまでの時間に圧迫され続けた。
私だけではなく、ドイツ人の同級生まで、「…もうやだ…。時間がないのに、やることがいっぱいありすぎて、なにから手をつけていいか…」と青い顔をしながら、朦朧と課題に取り組んだ日々。
結局、5人いたプロジェクト参加メンバーのうち、2人が締め切りに間に合わず、どうにか締め切りに間に合った残りの3人(私も一応この中に入る)も終わったころにはヨロヨロだった。
もっと時間があったならば、もうすこし手を加えられたところもあっただろうけど、とにかく、どうにか期限までに忙しかった課題を終わらせることが出来たことは意味のあることだと思う。
課題が終わった後、「これで、たいていの事は絶えられそう…」と言い合った私たち。
来週から、3週間のクリスマス休みが始まる。
どこか遊びに行く暇も予定もお金もないし、次の課題やらレポートやらに備えないといけないし。
多分、たまにバイト行って、家で本読んだり、部屋を片付けたりしてるんだろうなー。
とくにクリスマスと正月は、10月からはじめた新しいバイト先でおすしを売ってそうだ…。
…ふ、…ふふん。私は家族で過ごすための日であるクリスマスと正月に、幸せを売るんだー。(←やけっぱち)
12.17.2002 記(06.26.2008改)
ドイツの大学では、日本の大学のように、全員4年で卒業しなければならないという決まりも、1年生、2年生などという学年という概念があまりない。
ただ、大学に入学した学期から何学期目にいるか、とはよく尋ねられる。
こっちでは1年に2学期あり、すでに最初の1年が終わった私は現在、第3学期目(3. Semester=第3ゼメスター。ちなみに、来年4月からは第4ゼメスター、10月には第5ゼメスターということになる)。
これからドイツの大学で勉強したい人を脅すわけではないけれど、去年、大学で勉強し始めたときは、本当に悲惨な状態だった。
語学学校の授業はちゃんと理解できていたから(と、今でも信じている…)、大学でドイツ人と同じように勉強する、ということを甘く見ていたのだ。
始まってみれば、クラスに私の私以外の外国人は居らず、他のクラスメートが出来て当然、小学生でも出来るような、「話を聞く、理解する」ことが出来ない自分に気が付いた。
語学学校では、当然のことながら、先生以外は皆ドイツ語を母国語としない外国人。
習得の速い遅いはあったけれど、日常のことやドイツ語の勉強のことなど、抱えている問題はよく似ていて、友達もいたし、ストレスと苦労はあったものの、楽しいと思える日が多かった。
去年1年は、友達も出来ず、授業も十分理解できないなか、学校に通うのがやっとだった。
ただでさえも常に疎外感を感じているのに、そのなかで1日でも学校を休むと、本当に自分の居場所がなくなってしまうかも…、とかなりオーバーな恐怖心があったから。
いつもながら、小心者な私…。
そんな私の去年の合言葉は、「2年目からは(課題がちょっとずつ)楽になる、楽になる、楽になる…(延々と続く…)」。
まるで自己催眠のように、繰り返し、繰り返し、自分に言い聞かせて、その上、友人たちにも「頼むから、来年からは楽になるって言ってー!!」と無理やり言わせていたり。
そしてやっと迎えた第3学期…。
何で、去年よりも大変なんだ…?うそつきーーーーー(泣)
今学期、私のクラスは4人の教授のプロジェクトに分かれ、それぞれ別々に作業していたんだけど、どうも、4つのプロジェクトのうち、私が選択したプロジェクトが一番大変だったらしい…。
10月の末に始まったこの課題。先週の金曜日の課題発表までの6~7週間、毎週2回ほど、なんらかの締め切りがあり、絶えず、締め切りまでの時間に圧迫され続けた。
私だけではなく、ドイツ人の同級生まで、「…もうやだ…。時間がないのに、やることがいっぱいありすぎて、なにから手をつけていいか…」と青い顔をしながら、朦朧と課題に取り組んだ日々。
結局、5人いたプロジェクト参加メンバーのうち、2人が締め切りに間に合わず、どうにか締め切りに間に合った残りの3人(私も一応この中に入る)も終わったころにはヨロヨロだった。
もっと時間があったならば、もうすこし手を加えられたところもあっただろうけど、とにかく、どうにか期限までに忙しかった課題を終わらせることが出来たことは意味のあることだと思う。
課題が終わった後、「これで、たいていの事は絶えられそう…」と言い合った私たち。
来週から、3週間のクリスマス休みが始まる。
どこか遊びに行く暇も予定もお金もないし、次の課題やらレポートやらに備えないといけないし。
多分、たまにバイト行って、家で本読んだり、部屋を片付けたりしてるんだろうなー。
とくにクリスマスと正月は、10月からはじめた新しいバイト先でおすしを売ってそうだ…。
…ふ、…ふふん。私は家族で過ごすための日であるクリスマスと正月に、幸せを売るんだー。(←やけっぱち)
12.17.2002 記(06.26.2008改)
研修中の日常
現在(2002年8月ごろの話)、私はうちの大学内の工房にて1ヶ月予定の研修中である。
この研修の目的は、ゆくゆく自分でデザインした家具などを自分で作れるようになるために、機械の操作を覚えること。
私の場合、自分の作りたいものを先生にアドバイスしてもらって、工房内の機会を使用し、作っている。
多分、普通の企業で研修したら、こんなおいしい思いをさせてもらえないんだろうなー、とは思う。
うちの工房では、2人の大学常勤講師と1人の工房専属の先生が、学生の指導をすべく、働いている。
この講師の先生は、2人とも身長180センチ以上、体重も多分100キロを越す巨体で、この2人が同時に工房内をウロウロしているのを見ると、室温20度でも体感温度35度くらいの迫力がある。
しかも2人とも、かなり個性的なので、1日中いっしょにいると、言動に振り回され、精神的に疲労すること多し…。
しかし、幸運にも、私の指導を引き受けてくれた先生は、(唯一、工房内で常識人な)工房専属の先生。
なので、最初の2週間は、研修はかなり順調で、正直楽しかった。
が、今週に入って、この工房専属の先生が突然、1週間休暇を取ってしまい、この先生の代わりに、常勤講師2人組の片割れ先生が私の世話をすることになった。
…実は、私、この先生とはかなり相性が悪い、と思っていたりする…。
と、いうのも、この先生、ドイツ語理解能力に問題があるようで…(ドイツ人なんだけど…)。
私自身、ドイツ語理解に大きな問題を抱えているので、この先生と私が会話することになると、相互理解のために、普通の人との会話に使うエネルギーの3倍以上は必要となる。
例えば、この先生に何か質問すると、必ずと言っていいほど質問したこととは違う内容の答えが返ってくる。
しかも、話好きで、1度話し始めると5分は誰も止められない勢いでしゃべって、しゃべって、しゃべりまくる。
道具の場所ひとつ聞くだけで、①その道具の種類、②さまざまな工業規格、そして、③値段と購入可能な場所まで、「おじちゃんの豆知識」的なことが語られてしまう。
まあ、勉強になると言えば、なるような気もするけど、大抵のケースにおいて、最初の質問である、「道具の場所」については語られない。
で、もう1度「道具の場所」について尋ねると、さっきの①②③を繰り返される。
私のドイツ語がまずい、ということもあるんだけど、正しい解答を得るまでに、いつもいつも膨大な時間がかかるので、お互いにぐったりすること多し。
ドイツ人の同級生はおろか、掃除のおばちゃんにまでも、「あの先生ねー。骨が折れるわねー」とか言われてるようだから、かなり筋金入りな模様…。
あのー…。私、毎日、そのおじちゃんと2人きりで8時間、作業してるんですけど…。
まあ、企業にもこんな人はたくさんいるだろうけど、最初についていた先生との差を感じずにはいられず…。
そんなわけで、今週1週間は、やたらと濃い1週間だった。
来週には、最初の先生が戻ってくるはずなんだけど、なんでも、先週末、突然病気になったとの話。
後1週間の予定の研修にも、なんだか暗雲が…。
そうそう。
ようやく、例のHeissdrahtschneider(ハイスドラートシュナイダー)を仕上げ、現在はアルミ製のテレビ棚を制作中!
予定していた机は、木工の先生が休暇に入ってしまい、制作不能になってしまったので。
07.27.2002記(06.26.2008改)
この研修の目的は、ゆくゆく自分でデザインした家具などを自分で作れるようになるために、機械の操作を覚えること。
私の場合、自分の作りたいものを先生にアドバイスしてもらって、工房内の機会を使用し、作っている。
多分、普通の企業で研修したら、こんなおいしい思いをさせてもらえないんだろうなー、とは思う。
うちの工房では、2人の大学常勤講師と1人の工房専属の先生が、学生の指導をすべく、働いている。
この講師の先生は、2人とも身長180センチ以上、体重も多分100キロを越す巨体で、この2人が同時に工房内をウロウロしているのを見ると、室温20度でも体感温度35度くらいの迫力がある。
しかも2人とも、かなり個性的なので、1日中いっしょにいると、言動に振り回され、精神的に疲労すること多し…。
しかし、幸運にも、私の指導を引き受けてくれた先生は、(唯一、工房内で常識人な)工房専属の先生。
なので、最初の2週間は、研修はかなり順調で、正直楽しかった。
が、今週に入って、この工房専属の先生が突然、1週間休暇を取ってしまい、この先生の代わりに、常勤講師2人組の片割れ先生が私の世話をすることになった。
…実は、私、この先生とはかなり相性が悪い、と思っていたりする…。
と、いうのも、この先生、ドイツ語理解能力に問題があるようで…(ドイツ人なんだけど…)。
私自身、ドイツ語理解に大きな問題を抱えているので、この先生と私が会話することになると、相互理解のために、普通の人との会話に使うエネルギーの3倍以上は必要となる。
例えば、この先生に何か質問すると、必ずと言っていいほど質問したこととは違う内容の答えが返ってくる。
しかも、話好きで、1度話し始めると5分は誰も止められない勢いでしゃべって、しゃべって、しゃべりまくる。
道具の場所ひとつ聞くだけで、①その道具の種類、②さまざまな工業規格、そして、③値段と購入可能な場所まで、「おじちゃんの豆知識」的なことが語られてしまう。
まあ、勉強になると言えば、なるような気もするけど、大抵のケースにおいて、最初の質問である、「道具の場所」については語られない。
で、もう1度「道具の場所」について尋ねると、さっきの①②③を繰り返される。
私のドイツ語がまずい、ということもあるんだけど、正しい解答を得るまでに、いつもいつも膨大な時間がかかるので、お互いにぐったりすること多し。
ドイツ人の同級生はおろか、掃除のおばちゃんにまでも、「あの先生ねー。骨が折れるわねー」とか言われてるようだから、かなり筋金入りな模様…。
あのー…。私、毎日、そのおじちゃんと2人きりで8時間、作業してるんですけど…。
まあ、企業にもこんな人はたくさんいるだろうけど、最初についていた先生との差を感じずにはいられず…。
そんなわけで、今週1週間は、やたらと濃い1週間だった。
来週には、最初の先生が戻ってくるはずなんだけど、なんでも、先週末、突然病気になったとの話。
後1週間の予定の研修にも、なんだか暗雲が…。
そうそう。
ようやく、例のHeissdrahtschneider(ハイスドラートシュナイダー)を仕上げ、現在はアルミ製のテレビ棚を制作中!
予定していた机は、木工の先生が休暇に入ってしまい、制作不能になってしまったので。
07.27.2002記(06.26.2008改)
夏休みの過ごし方
今日、ようやく私にも夏休みがやってきた。
本当は、先週の月曜日から授業のない期間(つまり夏休み)に入ってたんだけど、実は今日、筆記試験があったので、先週1週間はこの試験に向けて勉強する必要があったのだ。
そんなこんなで、「夏休みだ」という実感のない1週間を経て、ようやく今日の筆記試験。
出来は、というと…。…まあ、やるだけやったよ…、勘弁して…、という感じ(なんやねん、それ)。
試験中、私がうんうん唸りながら、2、3文書いている間に、他の同級生たちは1ページ、2ページくらい軽く回答していたし(汗)
この試験、もしくは授業のために、みんな、学校から指定された本を1冊読む必要があったんだけど、この本がかーなーりー、ホラーだった。
ドイツ人でさえも、「なんだか、書いてあることがややこしくって、よく分からないときがある」とか言ったてたのに、私にいたっては、「半泣きで読んだのに、分からなかったところ」が全体の半分以上を占めていた。
いくらなんでも、これじゃシャレならんので、ドイツ人の友人に説明してもらい、どうにか今日の試験と、それに先立ったレポートの提出に備えて。
先週の月曜日に私のレポート発表があって、今日が同じ授業の筆記試験。
この2つが、3月から重くのしかかっていたため、今日、試験が終わった後の開放感は格別だった。
結果はどうあれ、終わりは終わり。
これで、この4ヶ月間、常に感じていた「何をするより、勉強」という圧迫から少しは開放された感がある。
そんなわけで、家に帰ってきてまず、3時間昼寝。
こんなにゆっくり昼寝できるなんて…、とかなり幸せを感じた私は、まるでノビタくんのよーだ。
で、明日から何をするか、というと。
なんのことはない。毎日、学校へ。
実は、先週の火曜日から大学の工房で研修をさせてもらっているのだ。
今、私が作っているのはHeissdrahtschneider(ハイス・ドラートシュナイダー。細い針金に熱を伝わらせて、発泡スチロールを溶かし切るもの。モデル作りに欠かせない)。
これを作ることになったのは、工房の先生からの提案で、私はてっきり、大学の備品の作るんだと思ってたんだけど…。
実は、このHeissdrahtschneider、私の私物になるよう。
研修第1日目に、自分が言ったこと(「Heissdrahtschneiderを作れ」ってこと)をすっかり忘れていた先生は、私に、「何、作りたい?家具とかでもいいよー。そういや、ベッド作った学生もいるけど、ベッド、つくりたい?」と尋ねられ、かなりびびった。
というのも、この間、散々な目にあった企業研修の面接の件を数人の友人に話したところ、私のケースはまだマシな方だったことが発覚したのだ。
同じ科の韓国人の女の子が研修した企業では、彼女は大型機械の操縦を学ぶためにその企業へ行ったにも関わらず、機械に触ることはおろか、機械を見せてもらうこともなく、2ヶ月間毎日、 掃除とゴミの始末をしていたそうだ。
彼女いわく、「言葉が十分にできないからって、機械に触らせてもらえないのは分かるけど、見せてももらえなかったのには腹がたった。もうあそこには2度と行かない」と言っていた。
ドイツ国内で研修生をしている日本人の友人も、「研修生って、企業にとっては『ただでこき使える従業員』的な存在だから。掃除もゴミ捨ても誰かがしなければならないことだし」と言っていて、「なるほどな。人生、そう甘くはないしな…」と納得したばかりだった。
そんなこんなで、気を引き締めて行った初日に、例のベッド発言。
でも、逆に今、めちゃめちゃやる気満々な私。
Heissdrahtschneiderを出来るだけ早く作り終えて、次に勉強机を作る予定。
勉強机を持っているには持っているんだけど、最近、馬鹿でかいモニターを購入したばっかで、勉強机というより、パソコン机になってしまっているので。
でも、好きにさせてもらうことに慣れてしまうと、来年の2月3月にやる予定の本当の「企業研修」の時にめちゃめちゃ苦労しそう…。
(うちの大学での研修は、1回のみなので。基礎過程終了試験までに、まだ私は2ヶ月、よそで研修をしなければならない)
07.16.2002記(06.26.2008改)
本当は、先週の月曜日から授業のない期間(つまり夏休み)に入ってたんだけど、実は今日、筆記試験があったので、先週1週間はこの試験に向けて勉強する必要があったのだ。
そんなこんなで、「夏休みだ」という実感のない1週間を経て、ようやく今日の筆記試験。
出来は、というと…。…まあ、やるだけやったよ…、勘弁して…、という感じ(なんやねん、それ)。
試験中、私がうんうん唸りながら、2、3文書いている間に、他の同級生たちは1ページ、2ページくらい軽く回答していたし(汗)
この試験、もしくは授業のために、みんな、学校から指定された本を1冊読む必要があったんだけど、この本がかーなーりー、ホラーだった。
ドイツ人でさえも、「なんだか、書いてあることがややこしくって、よく分からないときがある」とか言ったてたのに、私にいたっては、「半泣きで読んだのに、分からなかったところ」が全体の半分以上を占めていた。
いくらなんでも、これじゃシャレならんので、ドイツ人の友人に説明してもらい、どうにか今日の試験と、それに先立ったレポートの提出に備えて。
先週の月曜日に私のレポート発表があって、今日が同じ授業の筆記試験。
この2つが、3月から重くのしかかっていたため、今日、試験が終わった後の開放感は格別だった。
結果はどうあれ、終わりは終わり。
これで、この4ヶ月間、常に感じていた「何をするより、勉強」という圧迫から少しは開放された感がある。
そんなわけで、家に帰ってきてまず、3時間昼寝。
こんなにゆっくり昼寝できるなんて…、とかなり幸せを感じた私は、まるでノビタくんのよーだ。
で、明日から何をするか、というと。
なんのことはない。毎日、学校へ。
実は、先週の火曜日から大学の工房で研修をさせてもらっているのだ。
今、私が作っているのはHeissdrahtschneider(ハイス・ドラートシュナイダー。細い針金に熱を伝わらせて、発泡スチロールを溶かし切るもの。モデル作りに欠かせない)。
これを作ることになったのは、工房の先生からの提案で、私はてっきり、大学の備品の作るんだと思ってたんだけど…。
実は、このHeissdrahtschneider、私の私物になるよう。
研修第1日目に、自分が言ったこと(「Heissdrahtschneiderを作れ」ってこと)をすっかり忘れていた先生は、私に、「何、作りたい?家具とかでもいいよー。そういや、ベッド作った学生もいるけど、ベッド、つくりたい?」と尋ねられ、かなりびびった。
というのも、この間、散々な目にあった企業研修の面接の件を数人の友人に話したところ、私のケースはまだマシな方だったことが発覚したのだ。
同じ科の韓国人の女の子が研修した企業では、彼女は大型機械の操縦を学ぶためにその企業へ行ったにも関わらず、機械に触ることはおろか、機械を見せてもらうこともなく、2ヶ月間毎日、 掃除とゴミの始末をしていたそうだ。
彼女いわく、「言葉が十分にできないからって、機械に触らせてもらえないのは分かるけど、見せてももらえなかったのには腹がたった。もうあそこには2度と行かない」と言っていた。
ドイツ国内で研修生をしている日本人の友人も、「研修生って、企業にとっては『ただでこき使える従業員』的な存在だから。掃除もゴミ捨ても誰かがしなければならないことだし」と言っていて、「なるほどな。人生、そう甘くはないしな…」と納得したばかりだった。
そんなこんなで、気を引き締めて行った初日に、例のベッド発言。
でも、逆に今、めちゃめちゃやる気満々な私。
Heissdrahtschneiderを出来るだけ早く作り終えて、次に勉強机を作る予定。
勉強机を持っているには持っているんだけど、最近、馬鹿でかいモニターを購入したばっかで、勉強机というより、パソコン机になってしまっているので。
でも、好きにさせてもらうことに慣れてしまうと、来年の2月3月にやる予定の本当の「企業研修」の時にめちゃめちゃ苦労しそう…。
(うちの大学での研修は、1回のみなので。基礎過程終了試験までに、まだ私は2ヶ月、よそで研修をしなければならない)
Praktikum・その後
3月からついこの間までの4ヶ月間、ずっとPraktikum(企業研修)の受け入れ先を探していた。
まだ多少、ドイツ語力に不安は残るけど、今夏に最低でも1ヶ月はやるぞー、と結構いろんなところに手紙と願書(?)を出してみた。
で、どうだったか、というと、全滅でした…。
前にも書いたように、ヨーロッパでは多くの会社が工場を閉鎖して、夏休みを取る、ということが夏に研修先が見つからない大きな理由みたいだけど、そのほかの理由として、あまり状態の良くない最近のドイツの景気もあるらしい。
そんなわけで、私と同じように研修先を探していたクラスの子達も結構苦労していた。
なんで今夏に最低1ヶ月の企業研修を決意していたか、というのは、実はVordiplom(基礎過程終了試験)のためである。
大体どの大学でも、この試験は第4ゼメスター終了後(入学から2年後)に受験できるものであり、うちの学校では、その試験の受験条件として、3ヶ月間の企業研修終了がある。
私は現在、第2ゼメスターの終わりで、順調にいけば、今から1年後にこの試験を受けることになる。
あくまで、”順調にいけば”なんだけど…。
つまり、まーったく研修をしていない私は、この1年以内に義務である3ヶ月の研修を終える必要があり、この夏休みを逃すと、研修をできる期間は来年春の休みのみ。
しかし、その春休みは2ヶ月しかない。
と、いうわけで、結構必死になって研修先を探していた。
…別に、Vordiplomは、「猫もしゃくしも4ゼメスター目に受けろ!」っていう試験でもないから、5ゼメ目とかに受けてもいいんだけど…。でも、面倒なこと を先延ばしにするのもなんなので。
しかし、前述したように、結構たくさん願書を送った割には、全滅した。
実は、この件を学校の先生に相談したところ、「どうしても見つからなかったら、うちの学校の工房で研修させてあげるから」と言われていたので、本当に八方ふさがり なわけでもなかったんだけど、やっぱり、ちゃんとものを生産している工場の方がいい、ということなので、つい先日まで、願書を送る作業は続けられていた。
「もうこりゃ、ダメだなー。さっ、学校で研修させてもらおう」と思った矢先に、とある企業から「面接にきてくれ」という電話をもらった。
その面接が、先週の金曜日。
内心、面接の連絡が入ったのは嬉しかったのだけど、今まで散々断られ続けたので、かなり気を引き締めていった。
「ひょっとしたら、いっぱいいる研修志願者の中から選ばれるのかもしれないから、過剰な期待はしないおこう」って。
…自分でも、この心がけが功を奏するとは思いもよらなかった…。
結果から言うと、この企業、最初から私を採る気なんてなかったよーだった…。
でも、なんで連絡を寄越したか、というと、この会社とうちの大学教授の1人となんらかのつながりがあり、どうも、この会社は、私が「彼の紹介で願書を出した」と思ったらしい。
面接では、やたらと丁寧な管理部門のおっさんに、かーなーりー失礼なことを言われた…。
「あんたは、ドイツ語がしゃべれないけど、語学学校には通っているのか?」とか、「あんたと話すのは、ものすごい努力が要るけど、私以外の従業員はこんな 努力をしないから」とか、「うちの企業も景気が悪くって、研修生なんて受け入れてないんだけど、あの教授が言うなら…」などなど。
「ただ、そばで見てるだけなら、研修生として採ってやってもいいけど、機械に触るのは禁止だし、給料も出さないよ」とかも言ってたなー。
言っちゃーなんだが、私はその大学教授を知らないし、給料をもらう気なんてこれっぽっちもなかった。
まあ、当たってるところもあるんだけど(特にドイツ語力に関しては…)、ここまで「どうにか向こう(私側から)断らせよう」って態度が見え見えだとなー。
「景気が悪いから、研修生を採ってない」って、労働局に「研修生募集」の広告を出してたから、願書を送ったんですけど…。
向こうは、どうにか丸くことをおさめたかったようだけど、それならはっきり、「うちでは、あんたを研修生として採用できません」って言ってくれた方が、こっちとしてもすっきりしたと思う。
はっきり言って、私が願書を出した他の企業みたいに、手紙で断ってもらった方が、時間の節約になった。
この日は、このやたらと丁寧で(私にとっては)失礼な親父のせいで、めちゃめちゃ落ち込み、1日台無しだったから…。
この話を、うちのドイツ人の同居人にしたら、「そんなケツの穴野郎のことは、すぐ忘れろ」とか言われて、どうにか回復したけれど。
やっぱり、生産活動している企業として、私のように言葉にハンディのある奴は、時間の無駄と思われても仕方がないのだけど、毎日通学(勤?)往復3時間かけて、「見てるだけ」っていうのは、いくらなんでも得るものが少なすぎる。
この親父には、「(例の)教授と相談してから、うちの電話しろ」と言われたけれど、翌週の月曜日にすぐ、別の先生のところに行き、大学の工房での研修の期間を決定したことは言うまでもない。
電話にかかる費用と時間がもったいないから、あの親父には連絡する気もないし。
「いつか有名なデザイナーになって、ゲ○川に復讐してやるーーーーー!!」と思っていたりする…。
しかし、最近の口癖が、「いつか復讐してやる」になってる私。
客観的にこの台詞を聞いたら、きっと危ない奴だと思われるよね…。
そんなわけで、すでに来週からうちの学校での研修が始まることになりましたー。
(追記 : 6年後の今、読み返してみれば、まあこんなこともあったなー、くらいの話です。後に本当によいところで研修させてもらえることになったので、この件に関して後悔は全くしていないのですが、ほかのみんなに話を聞くと、中小企業での研修は多かれ少なかれ、似たようなトラブルがあるみたいです)
07.05.2002記(06.26.2008改)
まだ多少、ドイツ語力に不安は残るけど、今夏に最低でも1ヶ月はやるぞー、と結構いろんなところに手紙と願書(?)を出してみた。
で、どうだったか、というと、全滅でした…。
前にも書いたように、ヨーロッパでは多くの会社が工場を閉鎖して、夏休みを取る、ということが夏に研修先が見つからない大きな理由みたいだけど、そのほかの理由として、あまり状態の良くない最近のドイツの景気もあるらしい。
そんなわけで、私と同じように研修先を探していたクラスの子達も結構苦労していた。
なんで今夏に最低1ヶ月の企業研修を決意していたか、というのは、実はVordiplom(基礎過程終了試験)のためである。
大体どの大学でも、この試験は第4ゼメスター終了後(入学から2年後)に受験できるものであり、うちの学校では、その試験の受験条件として、3ヶ月間の企業研修終了がある。
私は現在、第2ゼメスターの終わりで、順調にいけば、今から1年後にこの試験を受けることになる。
あくまで、”順調にいけば”なんだけど…。
つまり、まーったく研修をしていない私は、この1年以内に義務である3ヶ月の研修を終える必要があり、この夏休みを逃すと、研修をできる期間は来年春の休みのみ。
しかし、その春休みは2ヶ月しかない。
と、いうわけで、結構必死になって研修先を探していた。
…別に、Vordiplomは、「猫もしゃくしも4ゼメスター目に受けろ!」っていう試験でもないから、5ゼメ目とかに受けてもいいんだけど…。でも、面倒なこと を先延ばしにするのもなんなので。
しかし、前述したように、結構たくさん願書を送った割には、全滅した。
実は、この件を学校の先生に相談したところ、「どうしても見つからなかったら、うちの学校の工房で研修させてあげるから」と言われていたので、本当に八方ふさがり なわけでもなかったんだけど、やっぱり、ちゃんとものを生産している工場の方がいい、ということなので、つい先日まで、願書を送る作業は続けられていた。
「もうこりゃ、ダメだなー。さっ、学校で研修させてもらおう」と思った矢先に、とある企業から「面接にきてくれ」という電話をもらった。
その面接が、先週の金曜日。
内心、面接の連絡が入ったのは嬉しかったのだけど、今まで散々断られ続けたので、かなり気を引き締めていった。
「ひょっとしたら、いっぱいいる研修志願者の中から選ばれるのかもしれないから、過剰な期待はしないおこう」って。
…自分でも、この心がけが功を奏するとは思いもよらなかった…。
結果から言うと、この企業、最初から私を採る気なんてなかったよーだった…。
でも、なんで連絡を寄越したか、というと、この会社とうちの大学教授の1人となんらかのつながりがあり、どうも、この会社は、私が「彼の紹介で願書を出した」と思ったらしい。
面接では、やたらと丁寧な管理部門のおっさんに、かーなーりー失礼なことを言われた…。
「あんたは、ドイツ語がしゃべれないけど、語学学校には通っているのか?」とか、「あんたと話すのは、ものすごい努力が要るけど、私以外の従業員はこんな 努力をしないから」とか、「うちの企業も景気が悪くって、研修生なんて受け入れてないんだけど、あの教授が言うなら…」などなど。
「ただ、そばで見てるだけなら、研修生として採ってやってもいいけど、機械に触るのは禁止だし、給料も出さないよ」とかも言ってたなー。
言っちゃーなんだが、私はその大学教授を知らないし、給料をもらう気なんてこれっぽっちもなかった。
まあ、当たってるところもあるんだけど(特にドイツ語力に関しては…)、ここまで「どうにか向こう(私側から)断らせよう」って態度が見え見えだとなー。
「景気が悪いから、研修生を採ってない」って、労働局に「研修生募集」の広告を出してたから、願書を送ったんですけど…。
向こうは、どうにか丸くことをおさめたかったようだけど、それならはっきり、「うちでは、あんたを研修生として採用できません」って言ってくれた方が、こっちとしてもすっきりしたと思う。
はっきり言って、私が願書を出した他の企業みたいに、手紙で断ってもらった方が、時間の節約になった。
この日は、このやたらと丁寧で(私にとっては)失礼な親父のせいで、めちゃめちゃ落ち込み、1日台無しだったから…。
この話を、うちのドイツ人の同居人にしたら、「そんなケツの穴野郎のことは、すぐ忘れろ」とか言われて、どうにか回復したけれど。
やっぱり、生産活動している企業として、私のように言葉にハンディのある奴は、時間の無駄と思われても仕方がないのだけど、毎日通学(勤?)往復3時間かけて、「見てるだけ」っていうのは、いくらなんでも得るものが少なすぎる。
この親父には、「(例の)教授と相談してから、うちの電話しろ」と言われたけれど、翌週の月曜日にすぐ、別の先生のところに行き、大学の工房での研修の期間を決定したことは言うまでもない。
電話にかかる費用と時間がもったいないから、あの親父には連絡する気もないし。
「いつか有名なデザイナーになって、ゲ○川に復讐してやるーーーーー!!」と思っていたりする…。
しかし、最近の口癖が、「いつか復讐してやる」になってる私。
客観的にこの台詞を聞いたら、きっと危ない奴だと思われるよね…。
そんなわけで、すでに来週からうちの学校での研修が始まることになりましたー。
(追記 : 6年後の今、読み返してみれば、まあこんなこともあったなー、くらいの話です。後に本当によいところで研修させてもらえることになったので、この件に関して後悔は全くしていないのですが、ほかのみんなに話を聞くと、中小企業での研修は多かれ少なかれ、似たようなトラブルがあるみたいです)
07.05.2002記(06.26.2008改)
怒涛のプレゼン
別に本当に怒涛だったわけではないんだけど、今回のプレゼンは気分的にそうだった…。
ここ数日、鼻風邪もちの私。
原因は比較的暑い日に窓を開けて寝たら、夜中に結構冷え込んだで寒かったことが原因らしい…。
これが結構、不愉快なもので、寝ている最中に鼻が詰まって、夜中に何度も目がさめる、ということを繰り返している。
おまけに、プレゼンの前の晩は蚊まで出て、やっと鼻がすっきりして眠りに落ちる瞬間にヤツは私の耳の周りに飛んできて、それで目が覚めることが、5回はあった。
寝不足、鼻がぐずる、でかなりヨロヨロになりながらプレゼン開始の10分前には大学に着いて、準備して。
実は、このために自分で設計した製品モデルが必要だったんだけど、これがどう考えてもプレゼンまでに完成しそうにない気配だった。
おまけに、日本でも使ったことのない機械を使用しての制作だから、遅遅として進まなくって。
時間に終われていると、つまらないことで失敗したりもするし。
まず、自分のモデルを製図して、それを元に学校の工場にいる講師の先生と相談。その後、先生に助けてもらったりして各々で制作を進めていくんだけど…。
大体、私がモデルを作らねばならないときには、私の同級生みんなもモデルを作らねばならならず、みんな、その先生の助言が必要となる。
そうすると、先生はなかなか捕まらず、待ちくたびれて、自分でどうにかしようとすると、必ずと言っていいほど失敗する、ということを繰り返した…。
結局、私だけでなく、うちのグループ全員のモデルが完成しないまま、プレゼンを向かえてしまった。
しかし、いつものごとく教授が表われない…。
プレゼン開始予定時刻の15分後、やっと1人が表われ、その10分後、もう1人。
待てど暮らせど来ない教授たちに痺れをきらせた何人かがカフェにコーヒーを飲みに行ってしまい、彼らを待つこと更に5分。
やっと始まったプレゼンだったけど、うちのグループの発表が終わり、もう1つの方が発表することになった時点でプレゼン用の画像を投影する投影機の準備が全くされていなくて、更に待つこと20分。
そんなこんなでだらだらしているうちに、教授の1人が「今日、12時から打ち合わせがあるんだよね。残りは午後13時からにして」と言い出した。
なんだかイヤな予感がしたけど、仕方ないので昼食後13時に再び、プレゼン会場へ。
…予感的中の45分遅れで、教授たちはやってくる…。
そしてその後、予感的中の機械トラブルで30分遅れ、プレゼンが終わったのは15時だった。
…ああ、彼らはどうしてこんなに効率の悪い働き方をするんだろう…?
でも不思議なことに、教授も学生の手際の悪さに腹を立てたりしない。
日本の大学では、自分たちが1時間遅刻してこようが、彼らが来た時点で、プレゼンする学生の全員がそろってないと、教授たちは機嫌がめちゃめちゃ悪くなったものだが…。
これがドイツ標準なんだろうか…?
鼻風邪持ちで、寝不足で、自分のモデル、ボロボロで、その上、結構イイ感じで接触できてた企業から研修を断られ、おまけにどうしても今週中に書かなきゃい けないメールがあったのに、Internetまで壊れて(プロヴァイダー側の問題で)、「なんで私はドイツでこんな苦労してるんだ?」と、めちゃ落ち込んでしまった。
でも、悩みが2日以上長続きしない体質の私は、早速復活して、今こうしてコンピュータの前に座ってるんだけど。
私の場合、一旦落ち込むと限りなく沈み込むけど、悩むのに疲れると「今、悩んでても仕方ないよなー。なるようになるさー」と一気に回復する。
基本的にはお気楽人間なので…。
結局、このモデルは水曜日のプレゼンまでにうちのグループ全員が間に合わず、来週の木曜日には完成させて、プチプレゼンということになった。
…私は、来週の木曜日でも間に合うかどうかさえあやしい…。
まあでも、来週の1週間を乗り切れば、あとはデザイン理論の研究発表をするだけ(のハズ)。
つーか、この研究発表のために(わけのわからない)本を100ページ以上読まなければならないんだけど。
あと、Power Pointも使えって言われてるし。
あのー、私、2方向にしか回らない機械のレバーをいつも目標とは反対方向に回して、モデルを壊してるようなサルなんですけど…。
サルにPower Point(もしくはコンピュータ)って、かなり最悪な組み合わせだと思うのは、私の気のせいじゃないハズ…。
06.01.2002 記(06.26.2008改)
ここ数日、鼻風邪もちの私。
原因は比較的暑い日に窓を開けて寝たら、夜中に結構冷え込んだで寒かったことが原因らしい…。
これが結構、不愉快なもので、寝ている最中に鼻が詰まって、夜中に何度も目がさめる、ということを繰り返している。
おまけに、プレゼンの前の晩は蚊まで出て、やっと鼻がすっきりして眠りに落ちる瞬間にヤツは私の耳の周りに飛んできて、それで目が覚めることが、5回はあった。
寝不足、鼻がぐずる、でかなりヨロヨロになりながらプレゼン開始の10分前には大学に着いて、準備して。
実は、このために自分で設計した製品モデルが必要だったんだけど、これがどう考えてもプレゼンまでに完成しそうにない気配だった。
おまけに、日本でも使ったことのない機械を使用しての制作だから、遅遅として進まなくって。
時間に終われていると、つまらないことで失敗したりもするし。
まず、自分のモデルを製図して、それを元に学校の工場にいる講師の先生と相談。その後、先生に助けてもらったりして各々で制作を進めていくんだけど…。
大体、私がモデルを作らねばならないときには、私の同級生みんなもモデルを作らねばならならず、みんな、その先生の助言が必要となる。
そうすると、先生はなかなか捕まらず、待ちくたびれて、自分でどうにかしようとすると、必ずと言っていいほど失敗する、ということを繰り返した…。
結局、私だけでなく、うちのグループ全員のモデルが完成しないまま、プレゼンを向かえてしまった。
しかし、いつものごとく教授が表われない…。
プレゼン開始予定時刻の15分後、やっと1人が表われ、その10分後、もう1人。
待てど暮らせど来ない教授たちに痺れをきらせた何人かがカフェにコーヒーを飲みに行ってしまい、彼らを待つこと更に5分。
やっと始まったプレゼンだったけど、うちのグループの発表が終わり、もう1つの方が発表することになった時点でプレゼン用の画像を投影する投影機の準備が全くされていなくて、更に待つこと20分。
そんなこんなでだらだらしているうちに、教授の1人が「今日、12時から打ち合わせがあるんだよね。残りは午後13時からにして」と言い出した。
なんだかイヤな予感がしたけど、仕方ないので昼食後13時に再び、プレゼン会場へ。
…予感的中の45分遅れで、教授たちはやってくる…。
そしてその後、予感的中の機械トラブルで30分遅れ、プレゼンが終わったのは15時だった。
…ああ、彼らはどうしてこんなに効率の悪い働き方をするんだろう…?
でも不思議なことに、教授も学生の手際の悪さに腹を立てたりしない。
日本の大学では、自分たちが1時間遅刻してこようが、彼らが来た時点で、プレゼンする学生の全員がそろってないと、教授たちは機嫌がめちゃめちゃ悪くなったものだが…。
これがドイツ標準なんだろうか…?
鼻風邪持ちで、寝不足で、自分のモデル、ボロボロで、その上、結構イイ感じで接触できてた企業から研修を断られ、おまけにどうしても今週中に書かなきゃい けないメールがあったのに、Internetまで壊れて(プロヴァイダー側の問題で)、「なんで私はドイツでこんな苦労してるんだ?」と、めちゃ落ち込んでしまった。
でも、悩みが2日以上長続きしない体質の私は、早速復活して、今こうしてコンピュータの前に座ってるんだけど。
私の場合、一旦落ち込むと限りなく沈み込むけど、悩むのに疲れると「今、悩んでても仕方ないよなー。なるようになるさー」と一気に回復する。
基本的にはお気楽人間なので…。
結局、このモデルは水曜日のプレゼンまでにうちのグループ全員が間に合わず、来週の木曜日には完成させて、プチプレゼンということになった。
…私は、来週の木曜日でも間に合うかどうかさえあやしい…。
まあでも、来週の1週間を乗り切れば、あとはデザイン理論の研究発表をするだけ(のハズ)。
つーか、この研究発表のために(わけのわからない)本を100ページ以上読まなければならないんだけど。
あと、Power Pointも使えって言われてるし。
あのー、私、2方向にしか回らない機械のレバーをいつも目標とは反対方向に回して、モデルを壊してるようなサルなんですけど…。
サルにPower Point(もしくはコンピュータ)って、かなり最悪な組み合わせだと思うのは、私の気のせいじゃないハズ…。
06.01.2002 記(06.26.2008改)
Praktikum(プラクティクム=企業研修)
どこかで書いたと思うけど、ドイツでデザイン系の科目を大学で勉強する場合、入学前に3ヶ月か6ヶ月の企業研修が入学の条件になっている学校が多い。
多いというより、ほとんどかもしれない。
うちの学校は、入学前の企業研修(Vorpraktikum)が絶対的な入学前提条件ではない、数少ない学校のうちの1つ。
でも、Vordiplom(フォアディプロム)試験(基礎過程<Grundstudium)終了の際の試験。入学後、2年から3年後にある)までに、3ヶ月ほどの企業研修を終えねばならない。
うちの同級生の多くは、もうすでに企業研修を終えている。
なぜかというと、Vorpraktikumを入学条件とする学校が多いため、大学入学以前に企業研修をしておけば、それだけ受験できる学校が増えるし、入学後、忙しい間をぬって、研修をしなくていいから、ということらしい。
ちなみに、Vorpraktikumとして要求される企業研修は、ドイツでは高校生、中学生もやっているような一般的なものなので、給料はもらえないことが多い。
だから、うちの同級生の9割が高校を卒業してから1年後に大学に入学している。(多分、普通の大学では、高校卒業と同時に大学での勉強を開始する人が多いと思う)
私は少数派の、「まだ企業研修を終えてない」方。
だから、今、この夏に企業研修をすべく、受入先を探しているんだけど…。
これが、なかなか見つからない。
原因は、どうもヨーロッパ的な会社機能にあるらしい。
ヨーロッパでは、夏に多くの人が何週間単位で休暇を取る。
それにあわせてか、会社や工場も1ヶ月間、閉鎖、というところが結構あるのだ。
従って、夏には研修生を受け入れない(受け入れられない)企業がかなりある。
でも、大学の基礎過程計画では、来年の夏にVordiplomがやってくる。
私の場合、言葉の問題もあって、みんなと同じように進むとは限らないけど、どっちみちせねばならない企業研修は、早めに済ませてしまいたいのが本心。
「今夏じゃなー…、ドイツ語もまだまだだし…」とか言いつつ、結構消極的な姿勢で探しているから、見つからないのかも…。
「はやく決まってくれーーー」と言いながら、今日もある会社宛ての願書を書いていたりする…。
05.23.2002記(06.26.2008改)
多いというより、ほとんどかもしれない。
うちの学校は、入学前の企業研修(Vorpraktikum)が絶対的な入学前提条件ではない、数少ない学校のうちの1つ。
でも、Vordiplom(フォアディプロム)試験(基礎過程<Grundstudium)終了の際の試験。入学後、2年から3年後にある)までに、3ヶ月ほどの企業研修を終えねばならない。
うちの同級生の多くは、もうすでに企業研修を終えている。
なぜかというと、Vorpraktikumを入学条件とする学校が多いため、大学入学以前に企業研修をしておけば、それだけ受験できる学校が増えるし、入学後、忙しい間をぬって、研修をしなくていいから、ということらしい。
ちなみに、Vorpraktikumとして要求される企業研修は、ドイツでは高校生、中学生もやっているような一般的なものなので、給料はもらえないことが多い。
だから、うちの同級生の9割が高校を卒業してから1年後に大学に入学している。(多分、普通の大学では、高校卒業と同時に大学での勉強を開始する人が多いと思う)
私は少数派の、「まだ企業研修を終えてない」方。
だから、今、この夏に企業研修をすべく、受入先を探しているんだけど…。
これが、なかなか見つからない。
原因は、どうもヨーロッパ的な会社機能にあるらしい。
ヨーロッパでは、夏に多くの人が何週間単位で休暇を取る。
それにあわせてか、会社や工場も1ヶ月間、閉鎖、というところが結構あるのだ。
従って、夏には研修生を受け入れない(受け入れられない)企業がかなりある。
でも、大学の基礎過程計画では、来年の夏にVordiplomがやってくる。
私の場合、言葉の問題もあって、みんなと同じように進むとは限らないけど、どっちみちせねばならない企業研修は、早めに済ませてしまいたいのが本心。
「今夏じゃなー…、ドイツ語もまだまだだし…」とか言いつつ、結構消極的な姿勢で探しているから、見つからないのかも…。
「はやく決まってくれーーー」と言いながら、今日もある会社宛ての願書を書いていたりする…。
05.23.2002記(06.26.2008改)
友達作り…
実は、これが今、私の一番大きな課題だったりする…。
はっきり言うと、私にはクラス内にまだ「友達」と呼べる存在がなかったりする。
学校の課題は、言葉ができなくったって、どうにかなる。
ドイツ語が分からなければ、あとで誰かにきいたりして完成にもって行けるから。
でも、友達づくりだけは、そうもいかない。
これが、現在、ストレスの1つになっている。
そもそも、友達づくりがこんなに難しくって、労力のいるものだなんて、考えたこともなかった。
学校に行って、誰かに話しかければ、友達なんて簡単にできるものだと思っていたから。実際、そうだったし。
はた、と気づけばクラスの人達はみんな仲良くなっていて、自分だけがなんだか取り残されているような感じになっていた。
これはヤバイと思って、いろいろ話しかけてみたが、どうも会話が長続きしないのである。
最初は、まだまだ相手の言っていることがよく聞き取れなかったせいもあるんだけど、慣れてきた最近でも、現状(友人無しの)現状は変わらない。
なぜか?
自分が日本で友人と話す時、どんなことを話していたかよく考えてみたら、昨日見たテレビのことなど、悪く言えばくだらないことだったりした。
要するに、何のテーマも無い、日常のことを毎日飽きることなく、しゃべっていた。
そう、くだらないこと…。
それが今の私にはできないのである…(涙)
私が現在楽しみにしているテレビ番組が、Sex and the cityやAlly Macbealのような一般的な若者向け番組ではなく、ドラゴン○ールZだということを置いておいても、決定的に語彙量が足りないので、ドイツ人のしかも 若い学生同士の会話についていけないのである。
しかも、私の悪い癖というかなんというかで、いつもなんとか面白いことを言おう!と気合を入れすぎて、決定的なドイツ語力の不足から志半ばで事切れるてしまう…。
分かっている…。
大学生活に支障をきたす程度の語学力で、ドイツ人から笑いを取ることがどんなに無謀なことか…。 でもでも、この三重県出身という中途半端に関西よりな血が、中途半端に作用してしまうのだ…。(三重は愛知、岐阜と並んで東海地方だけど、他の2県と違って、中部地方には入らない。奈良、大阪と同じ近畿地方である。ちょっと、孤独なポジションだったりする…)
「これは、努力と根性の長期戦だなー」とか「いいや、まだ1ゼメ目だし。ぼちぼち行こう…」とか思っているんだけど、機嫌の悪い時、やることがいっぱいあって、ストレスが溜まっている時なんかはそうもいかない。
ただでさえもイライラしている状態で、なにか自分に都合のよくないこと(例えば、ドイツ語が小さく小さく印刷してあるプリントをどーんと渡されて、「来週までに読んどけ」って言われたりとか)が起きると、ムショーに腹が立って「誰の顔見て、そんな寝ボケたことゆうとるんじゃー!!私はドイツ人やあらへんぞー!!くそー!ドイツ人めー!!(←?)」という状態になることがある。本気で「ここで暴れてやろうか…」と考えてしまったこともある。
…いわゆる、逆ギレ。
理不尽なこと、この上ない。 学校外に友達はいるが、やっぱり『学校』という共通の話題のある友達は欲しい。
それまではガマンと忍耐と努力の持久戦になりそうである。
01.06.2002記(06.26.2008改)
はっきり言うと、私にはクラス内にまだ「友達」と呼べる存在がなかったりする。
学校の課題は、言葉ができなくったって、どうにかなる。
ドイツ語が分からなければ、あとで誰かにきいたりして完成にもって行けるから。
でも、友達づくりだけは、そうもいかない。
これが、現在、ストレスの1つになっている。
そもそも、友達づくりがこんなに難しくって、労力のいるものだなんて、考えたこともなかった。
学校に行って、誰かに話しかければ、友達なんて簡単にできるものだと思っていたから。実際、そうだったし。
はた、と気づけばクラスの人達はみんな仲良くなっていて、自分だけがなんだか取り残されているような感じになっていた。
これはヤバイと思って、いろいろ話しかけてみたが、どうも会話が長続きしないのである。
最初は、まだまだ相手の言っていることがよく聞き取れなかったせいもあるんだけど、慣れてきた最近でも、現状(友人無しの)現状は変わらない。
なぜか?
自分が日本で友人と話す時、どんなことを話していたかよく考えてみたら、昨日見たテレビのことなど、悪く言えばくだらないことだったりした。
要するに、何のテーマも無い、日常のことを毎日飽きることなく、しゃべっていた。
そう、くだらないこと…。
それが今の私にはできないのである…(涙)
私が現在楽しみにしているテレビ番組が、Sex and the cityやAlly Macbealのような一般的な若者向け番組ではなく、ドラゴン○ールZだということを置いておいても、決定的に語彙量が足りないので、ドイツ人のしかも 若い学生同士の会話についていけないのである。
しかも、私の悪い癖というかなんというかで、いつもなんとか面白いことを言おう!と気合を入れすぎて、決定的なドイツ語力の不足から志半ばで事切れるてしまう…。
分かっている…。
大学生活に支障をきたす程度の語学力で、ドイツ人から笑いを取ることがどんなに無謀なことか…。 でもでも、この三重県出身という中途半端に関西よりな血が、中途半端に作用してしまうのだ…。(三重は愛知、岐阜と並んで東海地方だけど、他の2県と違って、中部地方には入らない。奈良、大阪と同じ近畿地方である。ちょっと、孤独なポジションだったりする…)
「これは、努力と根性の長期戦だなー」とか「いいや、まだ1ゼメ目だし。ぼちぼち行こう…」とか思っているんだけど、機嫌の悪い時、やることがいっぱいあって、ストレスが溜まっている時なんかはそうもいかない。
ただでさえもイライラしている状態で、なにか自分に都合のよくないこと(例えば、ドイツ語が小さく小さく印刷してあるプリントをどーんと渡されて、「来週までに読んどけ」って言われたりとか)が起きると、ムショーに腹が立って「誰の顔見て、そんな寝ボケたことゆうとるんじゃー!!私はドイツ人やあらへんぞー!!くそー!ドイツ人めー!!(←?)」という状態になることがある。本気で「ここで暴れてやろうか…」と考えてしまったこともある。
…いわゆる、逆ギレ。
理不尽なこと、この上ない。 学校外に友達はいるが、やっぱり『学校』という共通の話題のある友達は欲しい。
それまではガマンと忍耐と努力の持久戦になりそうである。
01.06.2002記(06.26.2008改)
珍しい生き物
私の通っている大学はとても小さい。(2002年当時。今でも小さいことには変わりないですが…)
ほとんどの大学内にあるような、文房具などの売店もなければ、学食でさえない。(現在、建設中らしいが、いつ完成のことやら…)
つい最近、初めて具体的な全学生数を知った。
たった555人だ…。うちの小学校の方が大きいよ…)
したがって、留学生数もかなり少ない。
アジア圏からの留学生となれば、必然的に目立つのである。
ちなみに私のクラスは、私以外の全員がドイツ人だったりする。
偉そうに言うことではないが、私のドイツ語は小学校低学年程度である。
言いたいことが言えない、伝わらない、話が理解できない、ということが毎日でかなりストレスのたまる日々を送っている。
言葉の壁からか、かなりのコミュニケーション障害があって、クラスメートとはまだ『友人』という感じではない。
ぼやぼやしていて置いていかれることもしばしば。
そうなると、かなりヘコんで、物事をネガティブに考えることが多い。
例えば、「もし私がここにいなくっても、誰も気がつかないんじゃないか?」とかなんとか。
みんな親切なんだけどね。
でも、いなけりゃいないで、みんな気がつくらしい。
と、いうもの外見が目立つから。
もし、私のようなドイツ人学生(授業中、めったにしゃべらない)がいたら、何年たってもみんなに顔を覚えてもらえないだろうなー、と思う。
ところが、かなりの割合で同級生や教授達の記憶に残るらしい。どんな作品を作っているだとか、日本では何を専攻していただとか。
これって結構、トクなことなのでは?と思うことがある。
別にどうってことないと言えばそうなんだけど、私の場合、自分のことに興味を持ってもらえると、断然話しやすくなるのだ。
授業内でわからないことがあって、後で質問に行っても親切にもう1度説明してくれるし。
でも、このままじゃいけないのは明白である。
今の私は、どっちかというと学校内の『珍しい生き物』で、みんな大目に見てくれているが、1年後の今も、対して変わらない語学力でいるわけにはいけない。
周囲がどう思うか、ではなくて、せっかくドイツにいるのにもったいない、と思う。
ここでしか学べないことを、言葉ができないというだけで逃してしまうのは、あまりにも惜しい。
そのために、毎日こつこつとドイツ語を勉強しているが、こればっかりは時間がかかる。
外国語習得の早道は、できるだけ多く、その国の人と会話するしかないように思う。
それまでは、何度も心臓に悪い思いと不愉快な思いをしなければならないと思うが、誰に言われたわけでもなく、自分で好んでドイツにやってきたんだから、自分でどうにかしなくては。
プレゼンの度に『幼稚園児のはじめてのお遊戯会か、ピアノの発表会』(みんなが微笑みながら、がんばれ!という顔で私の一挙一動を見ている)状態になるのだけは、早く卒業したいものである…。
01.06.2002記(06.26.2008改)
ほとんどの大学内にあるような、文房具などの売店もなければ、学食でさえない。(現在、建設中らしいが、いつ完成のことやら…)
つい最近、初めて具体的な全学生数を知った。
たった555人だ…。うちの小学校の方が大きいよ…)
したがって、留学生数もかなり少ない。
アジア圏からの留学生となれば、必然的に目立つのである。
ちなみに私のクラスは、私以外の全員がドイツ人だったりする。
偉そうに言うことではないが、私のドイツ語は小学校低学年程度である。
言いたいことが言えない、伝わらない、話が理解できない、ということが毎日でかなりストレスのたまる日々を送っている。
言葉の壁からか、かなりのコミュニケーション障害があって、クラスメートとはまだ『友人』という感じではない。
ぼやぼやしていて置いていかれることもしばしば。
そうなると、かなりヘコんで、物事をネガティブに考えることが多い。
例えば、「もし私がここにいなくっても、誰も気がつかないんじゃないか?」とかなんとか。
みんな親切なんだけどね。
でも、いなけりゃいないで、みんな気がつくらしい。
と、いうもの外見が目立つから。
もし、私のようなドイツ人学生(授業中、めったにしゃべらない)がいたら、何年たってもみんなに顔を覚えてもらえないだろうなー、と思う。
ところが、かなりの割合で同級生や教授達の記憶に残るらしい。どんな作品を作っているだとか、日本では何を専攻していただとか。
これって結構、トクなことなのでは?と思うことがある。
別にどうってことないと言えばそうなんだけど、私の場合、自分のことに興味を持ってもらえると、断然話しやすくなるのだ。
授業内でわからないことがあって、後で質問に行っても親切にもう1度説明してくれるし。
でも、このままじゃいけないのは明白である。
今の私は、どっちかというと学校内の『珍しい生き物』で、みんな大目に見てくれているが、1年後の今も、対して変わらない語学力でいるわけにはいけない。
周囲がどう思うか、ではなくて、せっかくドイツにいるのにもったいない、と思う。
ここでしか学べないことを、言葉ができないというだけで逃してしまうのは、あまりにも惜しい。
そのために、毎日こつこつとドイツ語を勉強しているが、こればっかりは時間がかかる。
外国語習得の早道は、できるだけ多く、その国の人と会話するしかないように思う。
それまでは、何度も心臓に悪い思いと不愉快な思いをしなければならないと思うが、誰に言われたわけでもなく、自分で好んでドイツにやってきたんだから、自分でどうにかしなくては。
プレゼンの度に『幼稚園児のはじめてのお遊戯会か、ピアノの発表会』(みんなが微笑みながら、がんばれ!という顔で私の一挙一動を見ている)状態になるのだけは、早く卒業したいものである…。
01.06.2002記(06.26.2008改)
Wednesday, June 25, 2008
語学生生活の終了
DSH試験の結果発表からさらに1週間後(だった思う)。
試験に合格したからといって、黙って待っているだけではもちろん、大学生にはなれない。
書類を揃えて、大学の事務局で入学手続き(Immatrikulation)をし、初めて大学での席が確保されるのだ。
しかし、私はDSH試験を受験した大学で勉強をはじめるつもりはない。私の美術大学ではDSH試験が行われないから、別大学で受験しただけの話なのだ。
美術大学での入学手続きに必要な書類として、DSH試験の合格証明証がある。
その証明賞を取りに再び、DSHを受験した大学へと向かった。
10日ほど前にこの町にやってきたときには、それこそ悪霊を担いでいるんじゃないかというほど身も心も重く感じたけれど、その日はその景色も違って見えた。
浮ついた気分でたどり着いた大学外国人局前で私を待っていたのは…。
入学手続きの順番を待つ、外国人入学希望者の人、人、人の群れだった。
「え?この人たち、全員ここで順番待ちしてるの?」なんて最初は信じられなかったけれど、この大学は歴史ある、海外でもとても有名なところなのだ。
大学生数も多いだろうし、それにしたがって留学生数も多いはず。
これはどこの役所や公共施設でもそうで、限られた期限内に絶対に必要な手続きをしなければならない場合、朝もとにかく早くにその手続きをする場所に行かないことには、自分の順番が回ってくることなんて、絶対にない。
何時間もそこで待っていて、でも時間切れだからハイ、帰って!なんていわれてしまう事はしょっちゅう起こる。
浮かれていた私は、そのことをすっかり忘れていて、大学の外国人局にたどり着いたのはもうすでに午前10時半ごろだった。
事務局が入学手続きを受け付けるのは、朝の8時ごろから昼12時まで。
しかも、この手続きはある一定期間内しかできないので、当然のことのように皆がその時間に殺到するのだ。
「あほやん、私…」としか自分でも言いようがなく、呆然と人ごみの中に立っていると、みんなどういうわけか、外国人局のドアに貼り付けられた紙をやたらと気にしているのが目に入った。
ふらふらとそこに寄っていくと、そこには入学手続きの順番待ちリストが貼ってあった。
1番から50番まで(だったか…?)番号がふってあるリストの横に、自分たちの名前を書き込むようになっていたのだが、もうすでに50番まで名前が書き込まれていて、その横に入学希望者が勝手に作ったリストが貼ってあり、みんなそこに名前を書き込んでいた。
ここに名前を書き込むべきか、どうか迷っていたら、外国人局から大きくて、いかにも「ストレスだらけです」という顔をした女の人が1人出てきて、その留学生お手製のリストを一瞥。
それをバリッと引っぺがし、一言。
「これは私たちの作ったリストではない。今日は私たちのリスト上に名前のある50人までしか入学手続きを受け付けない」と言い放った。
ええー、そんな!また明日もここに来なくちゃならないのー?
そこでウロウロしていた人たちの多くが、私と同じようにさーっと青ざめたり、むかついているのが見えた。
大きいし、機嫌が悪そうなその女の人に訊いてみるのも怖かったけど、「まあいいや。ダメでもともとで」と、とっとと外国人局の事務所に戻っていく彼女に話し掛けた。
「私、入学手続きは別にいいんですけど、DSH試験の合格証明証だけ欲しいんです!」とその人に言ってみると、私の方にちらっと目を向けて、「…ここで待ってて」と言われた。
あれは、私に向けて言ったのか、そうでなかったのか。
ちょっと判断つきかねて、どうしよう、どうしようとその場をウロウロしていたら、何分後かに同じ人が出てきて、奨学金留学生(か、交換留学生)に指示を出す。彼らは一般留学生とは別枠に入学手続きを行うらしい。
もう1度、訊いてみようと彼女に近づくと、訊ねる前に「私について来て!」と言われ、外国人局の事務所に入った。
名前と受験番号を告げると、ちょっと書類の間を探して、「ハイ、これ」とDSH試験の合格証明証を渡してくれた。
外国人局前では本当、どうなることかと思ったけれど、意外と簡単に目的の書類が手に入った。
…良かった、勇気を出してみて…。
まだまだ留学希望者でいっぱいの外国人局前廊下を通り過ぎて、ちょっと静かな場所のベンチに座って、じっくり証明証を見てみた。
げっ、めちゃギリギリの成績で通ってる…。
合格不合格のボーダーが口述試験なら、私の成績は口述試験行きかそうでないかのボーダーだった。
まあ、いいや。受かったんだし…。
と、この結果を気楽に受け止め、電車で家へ。
そして後日、この書類とともに美術大学の入学手続きをした。
入学手続きの帰り道、さっき受け取った学生証兼、公共交通機関の学生チケット(これがあると、電車、バス、市電などが一定区間無料で利用できる)を眺め、一人にやにや笑ったのを覚えている。
これが大変だったドイツでの語学生生活の終了で、その10倍以上大変なドイツの大学生生活の始まりだった。
10.02.2003 記(06.25.2008改)
試験に合格したからといって、黙って待っているだけではもちろん、大学生にはなれない。
書類を揃えて、大学の事務局で入学手続き(Immatrikulation)をし、初めて大学での席が確保されるのだ。
しかし、私はDSH試験を受験した大学で勉強をはじめるつもりはない。私の美術大学ではDSH試験が行われないから、別大学で受験しただけの話なのだ。
美術大学での入学手続きに必要な書類として、DSH試験の合格証明証がある。
その証明賞を取りに再び、DSHを受験した大学へと向かった。
10日ほど前にこの町にやってきたときには、それこそ悪霊を担いでいるんじゃないかというほど身も心も重く感じたけれど、その日はその景色も違って見えた。
浮ついた気分でたどり着いた大学外国人局前で私を待っていたのは…。
入学手続きの順番を待つ、外国人入学希望者の人、人、人の群れだった。
「え?この人たち、全員ここで順番待ちしてるの?」なんて最初は信じられなかったけれど、この大学は歴史ある、海外でもとても有名なところなのだ。
大学生数も多いだろうし、それにしたがって留学生数も多いはず。
これはどこの役所や公共施設でもそうで、限られた期限内に絶対に必要な手続きをしなければならない場合、朝もとにかく早くにその手続きをする場所に行かないことには、自分の順番が回ってくることなんて、絶対にない。
何時間もそこで待っていて、でも時間切れだからハイ、帰って!なんていわれてしまう事はしょっちゅう起こる。
浮かれていた私は、そのことをすっかり忘れていて、大学の外国人局にたどり着いたのはもうすでに午前10時半ごろだった。
事務局が入学手続きを受け付けるのは、朝の8時ごろから昼12時まで。
しかも、この手続きはある一定期間内しかできないので、当然のことのように皆がその時間に殺到するのだ。
「あほやん、私…」としか自分でも言いようがなく、呆然と人ごみの中に立っていると、みんなどういうわけか、外国人局のドアに貼り付けられた紙をやたらと気にしているのが目に入った。
ふらふらとそこに寄っていくと、そこには入学手続きの順番待ちリストが貼ってあった。
1番から50番まで(だったか…?)番号がふってあるリストの横に、自分たちの名前を書き込むようになっていたのだが、もうすでに50番まで名前が書き込まれていて、その横に入学希望者が勝手に作ったリストが貼ってあり、みんなそこに名前を書き込んでいた。
ここに名前を書き込むべきか、どうか迷っていたら、外国人局から大きくて、いかにも「ストレスだらけです」という顔をした女の人が1人出てきて、その留学生お手製のリストを一瞥。
それをバリッと引っぺがし、一言。
「これは私たちの作ったリストではない。今日は私たちのリスト上に名前のある50人までしか入学手続きを受け付けない」と言い放った。
ええー、そんな!また明日もここに来なくちゃならないのー?
そこでウロウロしていた人たちの多くが、私と同じようにさーっと青ざめたり、むかついているのが見えた。
大きいし、機嫌が悪そうなその女の人に訊いてみるのも怖かったけど、「まあいいや。ダメでもともとで」と、とっとと外国人局の事務所に戻っていく彼女に話し掛けた。
「私、入学手続きは別にいいんですけど、DSH試験の合格証明証だけ欲しいんです!」とその人に言ってみると、私の方にちらっと目を向けて、「…ここで待ってて」と言われた。
あれは、私に向けて言ったのか、そうでなかったのか。
ちょっと判断つきかねて、どうしよう、どうしようとその場をウロウロしていたら、何分後かに同じ人が出てきて、奨学金留学生(か、交換留学生)に指示を出す。彼らは一般留学生とは別枠に入学手続きを行うらしい。
もう1度、訊いてみようと彼女に近づくと、訊ねる前に「私について来て!」と言われ、外国人局の事務所に入った。
名前と受験番号を告げると、ちょっと書類の間を探して、「ハイ、これ」とDSH試験の合格証明証を渡してくれた。
外国人局前では本当、どうなることかと思ったけれど、意外と簡単に目的の書類が手に入った。
…良かった、勇気を出してみて…。
まだまだ留学希望者でいっぱいの外国人局前廊下を通り過ぎて、ちょっと静かな場所のベンチに座って、じっくり証明証を見てみた。
げっ、めちゃギリギリの成績で通ってる…。
合格不合格のボーダーが口述試験なら、私の成績は口述試験行きかそうでないかのボーダーだった。
まあ、いいや。受かったんだし…。
と、この結果を気楽に受け止め、電車で家へ。
そして後日、この書類とともに美術大学の入学手続きをした。
入学手続きの帰り道、さっき受け取った学生証兼、公共交通機関の学生チケット(これがあると、電車、バス、市電などが一定区間無料で利用できる)を眺め、一人にやにや笑ったのを覚えている。
これが大変だったドイツでの語学生生活の終了で、その10倍以上大変なドイツの大学生生活の始まりだった。
10.02.2003 記(06.25.2008改)
試験結果発表
ついに私の人生を決める(大げさナ…)、DSH試験の合格発表の日。
そんな日に私は…。
結果を見に行かず、家から大学へ電話をかけておりました。
私が試験を受けた大学では、長文読解、文法、ヒアリングとさらにそれに関しての質問(私の受けた時は、聞いたことをそのまま文章にする、Diktatだった)からなる筆記試験の結果がよければ、その後の口述試験は受けなくてもよいことになっていた。
他の大学でも、そういう試験方式を取っているところが多いらしい。
でも、筆記試験の成績がボーダーラインなら、口述試験を受ける必要がある。
その場合、試験結果が張り出された後で口述試験の時間を予約するそうだ。
なんで直接結果を見に行かなかったか、今は記憶に霞がかかってて思い出せナイ…。
多分、気が小さいので、勇気がなかったんだろう。
その日、試験結果を知らせてくれるという、多分大学の外国人局に何度も電話したけれど、話中だったり、誰も電話に出なかったり。
試験結果はもう、1時間以上前に張り出されているはず。
なぜ、なぜ誰も出ないーーーーー!!??とあせる一方、合格しているかも、という希望がまだ捨てきれず、2分おきくらいに電話をかけた。
やっと誰かが電話に出たのは、かけはじめてから1時間半後のこと。
電話の女性は、平均的なドイツ人事務職らしく不機嫌で面倒くさそうな対応だった。
私がDSH試験の結果が知りたいことを告げ、自分の名前と受験番号を言うと、何かを探すような気配が電話の向こうでして、そのすぐ後、「合格してます」と伝えられた。
その瞬間に、脳内麻薬がどがーんと放出されたらしく、一瞬、目の前が白くなり、直後、ものすごいハイな気分になった。
…よかった…、これでもう、机にかじりついて毎日受験勉強しなくても済む…。(いかにも、目先のことしか考えてない私らしい安心の仕方だ…)
もちろん、この1ヵ月後、こんな甘い考えは大学での課題、ドイツ人のクラスメートを前に崩壊するのだけど、それでも1年間大学入試とDSH試験合格を目指してやってきたのだから、このときの開放感は格別だった。
ここで口述試験に関しても訊くことを忘れてはならない、と訊ねてみると、筆記試験である程度の成績が取れていたので、口述試験は受けなくてもいいと言われた。
この瞬間、天狗になりそうだったのだけど、私の受けた試験が噂に紛うことなくめちゃ簡単だったことは自分でも分かっていた。
けれども、これでやっと、3年前から立てていた無謀なドイツ美大留学計画の入り口にたどり着くことができたんだなってとても安心した。
・・実は私は、電話での問い合わせがにわかには信じられず、次の日にもまた、大学の外国人局に電話で試験結果を訊いた超小心者です…。
10.02.2003 記(06.25.2008改)
そんな日に私は…。
結果を見に行かず、家から大学へ電話をかけておりました。
私が試験を受けた大学では、長文読解、文法、ヒアリングとさらにそれに関しての質問(私の受けた時は、聞いたことをそのまま文章にする、Diktatだった)からなる筆記試験の結果がよければ、その後の口述試験は受けなくてもよいことになっていた。
他の大学でも、そういう試験方式を取っているところが多いらしい。
でも、筆記試験の成績がボーダーラインなら、口述試験を受ける必要がある。
その場合、試験結果が張り出された後で口述試験の時間を予約するそうだ。
なんで直接結果を見に行かなかったか、今は記憶に霞がかかってて思い出せナイ…。
多分、気が小さいので、勇気がなかったんだろう。
その日、試験結果を知らせてくれるという、多分大学の外国人局に何度も電話したけれど、話中だったり、誰も電話に出なかったり。
試験結果はもう、1時間以上前に張り出されているはず。
なぜ、なぜ誰も出ないーーーーー!!??とあせる一方、合格しているかも、という希望がまだ捨てきれず、2分おきくらいに電話をかけた。
やっと誰かが電話に出たのは、かけはじめてから1時間半後のこと。
電話の女性は、平均的なドイツ人事務職らしく不機嫌で面倒くさそうな対応だった。
私がDSH試験の結果が知りたいことを告げ、自分の名前と受験番号を言うと、何かを探すような気配が電話の向こうでして、そのすぐ後、「合格してます」と伝えられた。
その瞬間に、脳内麻薬がどがーんと放出されたらしく、一瞬、目の前が白くなり、直後、ものすごいハイな気分になった。
…よかった…、これでもう、机にかじりついて毎日受験勉強しなくても済む…。(いかにも、目先のことしか考えてない私らしい安心の仕方だ…)
もちろん、この1ヵ月後、こんな甘い考えは大学での課題、ドイツ人のクラスメートを前に崩壊するのだけど、それでも1年間大学入試とDSH試験合格を目指してやってきたのだから、このときの開放感は格別だった。
ここで口述試験に関しても訊くことを忘れてはならない、と訊ねてみると、筆記試験である程度の成績が取れていたので、口述試験は受けなくてもいいと言われた。
この瞬間、天狗になりそうだったのだけど、私の受けた試験が噂に紛うことなくめちゃ簡単だったことは自分でも分かっていた。
けれども、これでやっと、3年前から立てていた無謀なドイツ美大留学計画の入り口にたどり着くことができたんだなってとても安心した。
・・実は私は、電話での問い合わせがにわかには信じられず、次の日にもまた、大学の外国人局に電話で試験結果を訊いた超小心者です…。
10.02.2003 記(06.25.2008改)
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